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「読切」
瑞々しき仲

瑞々しき仲

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 雲ひとつない、快晴の空を見上げて。楓の村へ久々に立ち寄ったのは、とある真夏の昼下がり
のことだ。琥珀は雲母を連れ、かごめに挨拶を済ませた後で、りんに「おいでよ」と呼び止められた。
 貢ぎ物の余りをお裾分けしてもらったらしく、りんの両手には食べ頃の梨が二つ握られてい
る。あらかじめ、皮とヘタを包丁で取り、準備は万端のようだ。りんの歩調に合わせ、琥珀は
草むらに座った。
「おいひぃねぇ、琥珀」
「ああ。実が引き締まっているし、甘く熟していて旨い」
 ここへ来るまでに喉が渇きを訴えていたのか、素朴で優しい味わいが身体に染み、生き返る
よう。柔らかな舌触りも心地良くて、こんな風に涼を味わえるのなら──容赦ない陽射しに喘
ぎ、体力を奪われる夏も悪くない、と一瞬思えてしまう。木陰の下、他愛もない話をできるの
であれば、こちらの気も紛れるというもの。
「琥珀、珊瑚様とはあれから会ってるの」
「ん?」
「楓さまのところにね、珊瑚様も時々来るんだよ。赤ん坊と双子を連れて、かごめ様とお話して
て。あたしもよく遊んでるんだ、くるくると表情が変わって見飽きないし、何よりみんな可愛いの」
 意外にも、面倒見の良いお姉さんぶりが容易に想像できて、りんのことが頼もしく思える。
無論、歳の離れた姪や甥には親近感も湧き、遊びにも来たいけれど、珊瑚と会うことは別で、
どうにも尻込みしてしまうのだ。
「…実はあまり会えてなくて。まだ俺には…姉上に会う資格がないんじゃないかって」
「ふぅん。琥珀、珊瑚様 心配してたよ? 一人で妖怪退治に行かせて大丈夫かってさ」
 自慢の姉貴の悩みの種が弟の行く末であると知って、琥珀は乾いた苦笑を漏らす他ない。
歳月が経ち、散々 周囲から心配を掛けてきたこともあり、独り立ちしようと懸命に働いている
というのに、いくつになっても、姉には気を揉まれているのだろうか。最近では、珊瑚に”立派に
なった”と褒められたいとの思いが空回りしているのではないか、と複雑な靄を抱えてしまう。
「ははは。姉上にはかなわないよ、母親になってからも度胸があって、腕っぷしも強いまま。
根の首っていたろ、犬夜叉様とかごめ様がトドメを刺した妖怪。やつから村人の身を守ろうと、
勇敢に飛来骨振るって。俺は姉上の子供の世話をするので精一杯だった」
 それは一年前の出来事で、楓の村に突如として訪れた、浅からぬ桔梗との因縁を持つ妖怪
が、かごめの命を亡き者にしようと息巻き、襲来した件だ。かごめたちが危険との知らせを
聞き、自分は助けに来たというのに何もできず、殺生丸が珊瑚の家の上で睨みを効かせてくれ
たのを、どこか眩しく眺めるしかなかった。退治屋たるもの、大切な者の命を守れずして、何が
守れるというのだろう。
「そんなことないよ。りん…知ってるもん、琥珀が陰で努力してること。修行だってそうで
しょ、遠くの村まで一人で出向いて、命懸けで役目を果たしてる。妖怪と闘うのも、強くなり
たいから」
「そう…かな…りんにそんなこと言ってもらえるとは思ってなかったな。嬉しいよ、ありがと
う。──しばらく会わない間に、りんも綺麗になったんじゃないか」
「え? やだな、琥珀こそ…どこでそんな口説き文句覚えてきたの。分かった、法師様の影響?」
「本当さ、俺が嘘言ってどうするんだ。…二人でいると思い出すな、殺生丸様と旅してた頃の
こと」
「うん。あたしが阿吽の手綱引いて、側には邪見様がいて。お空にゆらりと浮かぶ殺生丸様、
どんなに強い妖怪が襲ってきても返り討ちにして、無敵だったね。少しの間だったけど、琥珀と
いられて楽しかったよ」
 カラッと明るく弾む声に癒されて、なつかしさと共に、自らの不甲斐なさも切実に思い出し
た。旅の供に人間二人を連れ、邪見はよく嘆いていたが──途中で見捨てもせず、殺生丸と
いう者は、己の矜持を曲げずに誇り高く生きていたものだ。その背中に、皆がついて来た。
「俺も。でも迷惑掛けっぱなしだったな、今思うと。たいした力もないくせ、かけらのせいで
終始 奈落に狙われて。面倒な荷を増やしてしまったんじゃないかって、殺生丸様には申し訳
なかった」
 実際、ひとつしかなくなった四魂のかけらを巡って、琥珀の運命は大きく様変わりした。
卑怯な術を用い、手段を選ばぬ奈落のやり方は執拗で、小さな人質を取って様子見を図るなど、
常に冷静沈着な殺生丸の判断を鈍らせ、一時は命の危機に追い込んだこともあった。
「違うよ。口には出さないけど、琥珀のこと…すごく大事に思ってたこと、分かるもん」
「……りんが言ってくれるのなら、間違いないか」
「だから──自信持って、琥珀。あたしも村(ここ)で頑張るから。約束しよっ」 
「ああ。俺が退治屋として一人前になるのが早いか、競争だな」
「え? 何と比べてるの、琥珀ったら」
「ふふっ、秘密にしとくよ」

 騒がしく共鳴する蝉時雨が辺りを包み、琥珀の耳に余韻を残しては、感傷のみをもたらす。
同じようにして、季節が次、また次へと移り変わってゆく度、時を止められぬ非情さに唖然
となる。そして、齢を積み重ねていけばいくほど、この世に生を受けている事実に直面して、
右手の拳を丸めてしまう。空っぽで、虚しくて、拠り所を探しながら、旅を今も続けてゆく。

 初めて会った時はそう──幼くてか細かった少女が、数年も経てば年頃の可憐な小娘へと
成長しているのだ。恩人である殺生丸へ、淡い思慕を寄せるりんの横顔は、いつしか恋する
乙女の如く生命力に溢れ、輝いて見えた。やがて誰かのお嫁となる未来も、そう遠くはない
話なのだと、この時の琥珀には勘が働いた。寂しい訳ではないが、想像するのは複雑だ。

【後記】▼
梨を誰かと一緒に食べて、いろんな話をするという件を考えまして。
花言葉は”愛情”だそうで、梨自体は弥生時代からあったと聞きます。
あとは琥珀とりんちゃんのその後というか、仲良くしてくれていたらな…と。
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