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「読切」
彼のおみやげ

彼のおみやげ

 ←おそろい【境界のRINNE】 →立ち直れ
 たとえ隠し事ができぬ者でも、他人に通したい矜持や意地がある──とは聞く。
 黙っていればこちらも言うことはないのだが、それが小耳に挟んでしまうほど明らかであれ
ば、知った手前、本人に自ずと確かめてみたくなるのが人情でもある。
 温かな夕暮れが村々を染めてゆく頃、ひと仕事を終えた弥勒は、茶屋でゆったりと休憩して
いた。こんなところを、珊瑚にでも見つかれば、”遊んでいたんだ”と叱られ、ひとたまりもない
が──そうではない。あいつの背中を押すため、作戦を練っているのだと、昨夜の会話を反芻
してみた。
『やつは、市のある日の午後に一人で現れるんじゃ。その姿を見るのは五度目かのう…
何かを物色しておってな、わしが何か欲しいのかと聞くと、無愛想な素振りで帰るという具合で』
『それが…私の知り合い、なのですか?』
『あんた、法師様じゃろう? 巷で噂になっとるぞ、銀髪の少年と法師様が手を組んで、妖怪退治
をしておると』
『はあ…それは本当にございますが』
 賑わう市の中でも、人気の店での評判の大きさに、弥勒はまんざらでもない表情を見せる。
広く顔が知られていた方が、何処からともなく、妖怪退治の依頼も舞い込みやすいからだ。
 それにしても──近辺を数回寄った程度にも関わらず、客の顔も把握しているとは、商人の
記憶力は恐るべしである。
『別にわしは、物を買ってくれるのなら構わんのだけど…他の客に不審がられるんだけは、勘弁
して欲しいんじゃ』
『…と言いますのは…?』
『うちの扱う品は、おなごの欲しがる紅や鏡などでな。そう男の客に、じぃ〰っと側で眺められ
ていては、娘たちが怖がって、迂闊に近づけぬよって』
『ご安心下さい。あの者には言って聞かせておきますが、彼は単に品定めをしているのかと』
『いやぁ、買う気があるのやら…一人で妙なにらめっこをしてるようにしか、わしは思えませんがね』
 髭面の男の、値踏みするようないやらしい横顔がちらついてしまう。頂いたお茶を一口で飲み
干すと、弥勒は顔見知りの町娘に小銭を払って、店を出た。
 幸い、明日も往来で退治の仕事が一件あって、張本人の犬夜叉にもその時に会えるだろう。
面と向かって一件を問うてみるのもいいが、ここは尻尾を出すまで彼を泳がせて、確実な証拠を
握った上で訊いてみようか。

 礼の品を出し渋った商人を言いくるめ、もっと締めておけばよかったか。犬夜叉を連れ、二人
向かった先は、古びた長屋の一角。弥勒はやけに物分かりのいい顔をしたまま、すぐ後悔した。
 此度の褒美は実に軽い。紐で吊るした銭が歩く度に揺れ、じゃらっと小気味良い音を立てる。
腹を満たす米俵や、金目の物でないのは残念だが、別段こだわる部分でもないのかもしれない。
「じゃあな、弥勒」
「ああ。明日も宜しく頼むぞ、犬夜叉」
 このところ、何かと適当な理由をつけて、犬夜叉は独りで家路に向かうことが多い。自分と
同じ、楓さまの村でそれぞれ嫁と共に暮らしているのに、帰りが別々という点にも、どこか
違和感を抱いていたのだ。
 鼻の利く犬夜叉を尾行するのは用心がいるが、幸いにも人混みに紛れたか、姿が消えていた。
角を折れ、横路へ足を踏み入れてみれば、そこは楽市が点々と開かれている大通りだった。
(やはり、犬夜叉はこんなところで寄り道をしていたのか。目的は…かごめ様への贈り物か?)
 真相を確かめるべく、当初の計画通り、弥勒は近辺の店を回り、犬夜叉を探すことに決めた。

 物欲とはどうして諦めがたいものかと、ため息を静かにつき、われながら呆れてしまう。
力ずくで欲しい物を奪い、誰の顔色も窺うことなく入手できたなら、どんなに楽なことか。
「また来たんか、性懲りもなく」
「…どうして俺のこと、覚えてやがる」
「そりゃ〰何度も来られるし、売り物を眺めたっきり何も買わぬ偏屈な客じゃ、忘れるはずも
なかろう」
「……いーだろ、何が売ってるか見てぇだけだからよ」
 睨み返せば黙るかと思いきや、そうはいかない。犬夜叉は腕組みしたまま、視線を逸らす。
どう繕おうと、貧乏をごまかせる訳でもない。新婚二人の蓄えはこれといって、微々たるもの。
「しっ、しっ。うちの商売の邪魔はやめてくれ、他所からも娘さんが来るんじゃから」
 長居に堪えかねた老人が呟いた。右手の先を向け、邪魔者だと、忌々しく払いのける仕草
に、かつての幼き自分の記憶が蘇る。いや、石礫をぶつけられぬだけ、まだマシだろうか。
 仕舞い込んでいた感情は、ふとした瞬間に開くもの。犬夜叉の胸に、苦々しさが残った。

 そんな可憐な道具を欲しいと焦がれていたのは、半妖の少年だけではなかったようだ。
押し問答を主と犬夜叉が交わしていた頃、後ろで何やら慌ただしい声が聞こえてきた。
「…どいた、どいたぁ! 俺ら道急いでんだ、ゆっくり歩いてんじゃねーよ!!」
「にいちゃん、待ってってば…」
 ただの通行人か、歳の離れた兄と妹が大路を小走りに進んでいたのがすぐに窺えた。
しかし、昼間の混雑の波をかわすのは非常に難しく、二人のおぼつかぬ足取りが止まるので
はないかと思われた。
 そんな風に目を留めた時だった。幼女は派手に転び、店の莚に並ぶ品々が散らばった。
「おい。…大丈夫かよ」
 乗り気ではないが、犬夜叉はとっさに屈み、痛そうに顔をしかめた童へと声をかけていた。
「何止まってる! 小梅、好きなの一つ選べ」
「……だめだよ…やっぱり…」
「ちっ、早くしろっつってんだ!」
 歳は十くらいだろうか。真後ろで短く髪を結った男の子が、妹の衣の裾を引っ張って急かし
た。終いには、兄の方が小綺麗な手鏡に手を伸ばすと、他は見向きもせず、一目散に揃って
駆け出してゆく。
「ああっ!?」
「って、おまえら…!待て、盗みなんぞ……コラっ、逃げんな〰」
 気難しい店主の前での騒ぎなど、厄介なことになりかねない。せめて自分ができるとしたら、
この場を収め、盗品を取り戻してやることであろう。あれこれ、迷う暇はなかった。
 足の速さで競ってしまえば、加速して空を飛べる犬夜叉に敵う者はまずいない。先回りし、
彼らの逃げ道を塞ぐと、それまで強気でいた者が諦め、万事休すかという表情でうなだれて
膝を付くのだった。
「…なんで盗ろうと思った」
 一応、事情を聞かなければ、今回の人助けもできないと考えて、不躾に形式だけでも尋ねて
みた。
 兄と妹を連れ、犬夜叉が来たのは先ほどの小物の店だ。盗みを働いた張本人からすれば、
今にも逃げ出したくなるほど嫌な現場であり、どれだけ非難されるかも承知していたとは思うが。
「あんたには関係ないだろ?」
「てめえ。バカにしてんのか、俺を。あんの意地悪なじじいの間に入って、わざわざ話付けて
やろうってのに、素直じゃねーな。こんなの、ガキだからって許されると思うなよ」
 拳骨一発で済ませたのも、ケンカ早い自分にしては、甘めの仕置きだと断言できる。
仲裁役を買って出るつもりはなかったが、このままだと、事態がややこしくなってしまう。
「……あたしが欲しいって言ったの」
「小梅、余計なこと……。そうだ、近くの市をおっかあと三人で覗いてた時だったな。
いろんな店見た中で、ここのもんをやたら気に入ってさ、あいつ、この赤い鏡に釘付けで」
 確かに、渋めの朱色で塗られた丸鏡は、質素な輝きながら、ささやかに存在感を放って
いる。
「んなもん、てめえらが買えるもんじゃねーって…それ分かってたから、やったのか」
「……ごめんなさい」
 はい、と小梅に手鏡を渡され、犬夜叉が不機嫌そうにして、店主の元に戻す。そうは言っ
ても──叶わぬ羨望が募って、つい出来心で物を盗ってしまった心理を理解できない訳で
もない。
「で? 健気な子供たちの話に免じて、自分に向けられた疑いを逸らすって魂胆かい?」
 乾いた声と共に、日陰へ吹きつけた冷たい風が、一同にもの寂しい心地をもたらした。
「おめえさんも狙ってたんだろ? 数多の安物の中で、一つだけ毛色の違う黒の櫛をなぁ」
 大きく膨らんだ緋色の袖の下に触れた刹那、カサッとおかしな感触が脳裏を過ぎる。
身に覚えのない行為と件の男の言い草から、真っ先に”ハメられた”との感情が渦巻いた。
「そういうことですか」
 待ちかねたか、人の気配が物陰からして、先に帰ったはずの弥勒がひょいと顔を出す。
「あ゛……弥勒、てめえ、なんでこんなとこに…」
「お邪魔いたしました、ご主人。私の連れ合いが粗相をしたこと、お詫びします」
 形ばかりの謝罪とはいえ、場を取り繕う男の言葉に、胸糞悪さを感じずにいられるだろうか。
盗みを働いたのは、年端もいかぬ幼子二人たちの方だ。自分が後ろ指を向けられることなど、
何ひとつしていないというのに──まるで、両者が示し合わせたかのような展開に、頬も急に
熱くなる。
「おいっ。放せ、まだ俺の話は終わってねぇぞ…!!」
「いいから帰りますよ、犬夜叉」
 虚しい遠吠えも聞こうとせず、弥勒は荒ぶる犬夜叉を押さえ付け、大通りを離れようとした。
商人の肩を持つ本当の事情も知らぬまま、犬夜叉の頭の中は、理不尽な怒りで一杯だった。

 なるべく遠くへ、人目を避けるようにと、若い法師の一人が往来を急ぎ足で進んでいる。
暫し、無言を貫くのも限界があったか、互いの雰囲気もどんどん険悪なものになっていく。
 この先の岐路である三本道に通りかかったところで、銀髪の少年が吠え、対面した。
「てめー、どういうつもりだ! 弥勒っ」
 勢いよく振り払われた己の左手が、その煽りを受け、不格好にも宙へと居場所をなくす。
「あの様子じゃ、俺のこと付けて来たんだろ!? 変なとこで出てきやがって、恥かかされたじゃ
ねぇか!」
「恥晒しなのはどっちです」
 身を翻し、上目で犬夜叉を見遣る。まさか、常日頃のいやがらせに利用されるなど予想外。
「いいか犬夜叉。私は何も、おまえが市で品物を買うなとは一言も言っていない。むしろ良い
ことだと思う。だが──他人に誤解されるような行為は慎め。ご主人とて、素直に物を買って
くれるなら歓迎と言っていたぞ」
 単純なところ、物売りの男の本心とはそんなものだろう。もちろん、今回の行き違いの原因
は、一度 人を疑うとそれが正しいと信じてしまう──やたら思い込みの激しい、難ありの店主
のせいであるけれども。
「…なんだよ、その言い方は。俺はただ、かごめに櫛の一つでも買ってやろうと思って…覗いて
ただけでい。悪いが、他の野郎みてぇに、気前よく物買って喜ばせる真似なんぞできねぇタチ
なんだよ」
「……そうだったか」
 爪先で首筋を掻き、どこか立場がなさそうに空を仰ぎ佇む彼が、次第に可哀想に思えてきた。
兄妹の盗みを未遂に終わらせ、それとなく諭したのは、他でもない犬夜叉だったのに。
「理由(わけ)も聞かず、疑ってしまって悪かった」
「あ…?」
「確かに…おまえにしては、めずらしいことかもしれんな。おなごに物をあげるなど…微笑ましいことだ」
「べ、別に、俺はそーゆー意味で言ったんじゃ…」
「そのような行為は何も…性格で決まるものでもなかろう。言うほど、たいした差異もないので
はないか? 犬夜叉。身近なところに分かりやすい例があると思わんか。あの殺生丸が、りんに
度々みやげを差し出しているとか」
 血の繋がった、一人の兄の名を犬夜叉に告げてみた。何かと比較されるのを非常に嫌がるが、
事実ならば仕方ない。
「…けっ、あいつと一緒にすんな。俺はかごめに喜んでもらえりゃ、それでいいんだ。ご機嫌
伺いみてぇに、自分の女へ貢ぐ野郎とは訳が違う」
「はいはい。最初からそう言えば、ご主人も誤解などしなかったろうに。黙ってないで、時には
思いを言葉にせんとな」
「……やかましい」
 そっと、肩に置かれた手を嫌がる素振りをみせたのは──自分が人間と妖怪の狭間で常に
苦悩し、反目し合ってきた兄と”似ている”など、意地でも認めたくないということか。弥勒にして
みれば、好いたおなごへ誠意を伝えようとしている点では、両者とも同じだろう。
 互いに納得した上で、まずは小物売りの店主に事情を話し、お望みの櫛を譲り受けることに
なった。

 狐につままれたような、後味の悪さはどう言えばいい。弥勒のお陰で、準備も整ったがゆえ
に。だが、懐に忍ばせた手土産の感触が、自分にはまだ本当に思えなかった。無論、嘘では
ない。
 いつかの”ぷれぜんと”と心に描いていた代物は、今や手の中にある。後はそう、かごめに
渡すだけ。欲を言えば、もっと余裕をもって、嫁が喜ぶ姿を想いながら、自力で買いたかった。
「…ただいま」
「おかえりー、犬夜叉。今日はどうだった?」
 旦那の帰宅に気づき、朗らかな声をかける。かごめは丁寧に着物を畳んでいる最中だった。
「かごめ。これ…おまえにやる」
「へ?」
 思わず聞き返し、かごめが櫛を覗き込む。黒の落ち着いた色合いと、小さな花々をあしらっ
た絵柄が特徴の品らしく、店の爺もあまり手放したくはないと言っていたほど、控えめである。
「櫛…どうしたの、これ? もしかして私にくれるの、犬夜叉?」
「おう。ちょうど近くで市があって、女たちが輪をなして賑わってたからな」
 平素、無関心を装っていたのは、こういう時のために、かごめに驚いてもらいたかったから
かもしれない。仕事の合間に村娘を見かける度、おしゃれな小物を目で追う癖も付いていた。
「へぇ…なんか嬉しい。高かったんじゃない、こんな良さそうな櫛は…」
「…弥勒の懐からの銭だ。後で借りを返さねえといけねぇのが悔しいが」
「ありがと犬夜叉。この櫛、大事にするわね。うん……一生」
「ん…ああ」
 瞳を輝かせ、旦那からの愛を受け取ったかごめは、嬉しさのあまり、犬夜叉へ頬擦りした。
かごめの肌に触れ、ふわりと漂う愛しき匂いに、綺麗さっぱり、彼の心の靄まで晴れてゆく。
 今日一日、妙な因縁をつけられ、盗人扱いされた件もあったけれど、なぜか全てが報われ
た心地になったのだから。

 ひと月が過ぎ、風に揺れる青葉が陽射しを浴び、きらめく中で──仕事の相談と称し、私の家
に犬夜叉がやって来た。
 大判の布に銭を包み、「あの時の代だ」ときっちり用意してきた周到さには、隣にいた珊瑚と
顔を合わせて、笑ってしまった。どんなに犬夜叉が不躾な態度を滲ませても、ふとした場面で
律儀に振舞おうとする部分は、何ひとつ変わっていないのだ。
 さて、余計なお節介をした身としては、肝心の土産がどうなったかも詮索せずにいられまい。
彼から聞くところによれば──かごめ様はたいそう喜んで、常日頃その櫛を愛用しているとの
ことだった。

【後記】▼
三年後──戦国時代に来てから、かごめは巫女の見習いとして頑張っている訳ですが、
自分の身の回りに気を遣うのが億劫なほど、忙しく日々を過ごしていないかなと。

好きな女(ひと)に櫛をあげるというのはベタな展開かもしれないけど、犬かごで心温まる短編を
書きたいと思っていて。弥勒が犬夜叉に助言しつつ、陰で見守るというのも…ありかなと。
出来上がって気づいたことですが、この話は旦那衆のお節介なやり取りが主でした。

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