//////////// -->

「読切」
ふたつの無

ふたつの無

 ←5年迎えて →布石のための物語
 冬という季節はいよいよ佳境を迎え、身体の芯まで凍えさせては、肌身の熱を奪ってゆく。
(みぞれ)交じりの雫はいつからか雨に変わり、女の白衣を静かに濡らしている。
 霜の残る野原を踏み分け、こちらが足を止めれば、巫女の背をとらえた影の主も動きを揃え、
様子見するかのように静止した。
 獣と同様に地を這うでもなく、上空を浮遊する妖の気配は煙に巻かれて霧散し、人里を彷徨う
姿もまるで見えない。
(…何者かに後を付けられている…?)
 用心深く歩を進めながら、冷気で冴え渡る空を仰ぐ桔梗の口許から、白い吐息が零れた。
 後ろを即座に振り向けば、白装束に身を包んだ妖の幼女と、かくれんぼの要領で目が合う。
既視感があるのも当然だ。桔梗は一度、赤子を抱えていた子に遭遇し、取り逃がしたのだから。
「同じ…魂…」
「何?」
「あの娘…かごめと同じ…」
 今にも消え入りそうなか細き声で、途切れ途切れに童女は、こちらを見遣っては呟いた。
 敵意も向けぬまま、ただ立ち尽くすだけで、桔梗は妖の意図をどう読み取ろうか、考えあぐね
てしまう。
(この妖…奈落の分身とは犬夜叉から聞いていたが──対象を鏡に透かしただけで、私の魂が
かごめと同じだと見抜いたというのか)
 所詮、時を超えて異国の少女に転生したところで、今の自分の魂は仮初めの入れ物に仕舞われ
たまま。墓土と霊骨で現世に蘇った偽りの身体は、過去の未練や怨みを纏い、恐ろしいほどに
この身に馴染んでいる。
(何にしても、ここで分身と会ったのなら、奈落に行き着く手がかりにまた一歩近づいたという
こと)
 もっとも、時間稼ぎのために刺客を送り込んだ可能性は否めないが、逆に利用するくらいの
覚悟がなければ、五十年前の仇である奈落を追い詰める好機もなかなか訪れはしないだろう。
「あなたは…撃つことはできない…。その前に…鏡が矢をはね返す」
 ぴゅう、と頬に冷たい風が吹きつけ、枯れ葉が落ちて裸同然の木々を虚しく揺らす。
 寒風にも動じず、白に身を染めた妖が纏う空気は言いようもなく冷たくて、動作の全てが操り
人形そのものに思えた。
 弓を構えた桔梗を前にしても、淀みなくセリフを淡々と発する様子に、桔梗は改めてその異質
さを見せつけられた気がしていた。
(こやつ、私に弓を引かせたいのか。かごめをよく知っているのは、犬夜叉たちと以前戦った
際に学習したせいかもしれん。だが──妖怪の挑発に乗って、命を危うくするほど私も愚かでは
ない)
 早々に敵を脅すのを諦め、桔梗は次なる一手を選ぼうと、大弓を下げ、矢筒に矢を戻す。
摩訶不思議な遭遇の裏に、奈落の薄汚い思惑があるのではと思うと、やはり油断は禁物だ。
「撃たないの…?」
「二つ、聞きたいことがある」
 そう言って切り出したのは、いつぞや感じていた疑問をぶつけてみたらどうかと思ったから。
だからといって、命を狙う必要もない。分身たちを見れば、奈落の人心が離れかけているのは
一目瞭然だった。自由を求めて奈落に抗おうとする神楽、幼き瞳に奈落の復讐心を秘める琥珀。
「その鏡で…今まで何を映してきた?」
 淵を囲むようにして、小奇麗な細工が施された、硝子製の魔鏡。少女は片時も鏡を離しはしな
かった。武器である以前に、彼女自身を体現しているかの如き印象さえ受けるのは、何ゆえか。
「おまえだろう? 前に、私が死魂を抜かれ、奈落の差し向けた巨大な死魂虫に襲われた際、
運よく犬夜叉に救われたことをやつは…奈落はあたかもその場にいたかの如き口ぶりで嗤い、
嘲ったのだ。あの時、それを知らせたのは──やつの分身である者のうち、鏡の術を扱える者
しかいないだろうからな」
「……」
「そのやり方が卑怯と蒸し返す気もなければ、執念深くこだわるつもりもない。全て過ぎたことだ」
 襲撃を受けた後すぐさま、かの者の城に乗り込み、奈落にはたっぷり皮肉を浴びせてきたの
で、仕返しは済んだものだと考えている。桔梗が、鬼蜘蛛の洞穴の土を所持していたことを告げ
た時──奈落の悔しげな表情を思い出しただけでも、誠に痛快としか言いようがなく、あの頃は
容易かった。
 巫女への恋心も、醜い嫉妬からも逃れようと──白霊山から戻った奈落の”心”は、今は何処に在る。
「最後にもう一つ。私の後を付けていたようだが、先ほどの尾行も、主たる奈落の命令か?」
「……違う」
 妖は目線を外し俯いて、そう短く断言したのだ。思案する素振りも見せず、相変わらず何を
考えているかは分からない。しかし、一切の感情を持たぬのであれば、桔梗の問いにあえて否と
答えたこの者の動機が怪しくもなる。
「どんな女(ひと)か…確かめてみたくなったの…。桔梗という、死人の巫女を」
 危険を冒してまで、宿敵を追う巫女を尾行した理由とは、あまりに単純で感覚的なものなのだ
ろうか。心の籠らぬ読経のよう、無に満ちた響きで自分の名が呼ばれた瞬間、殺伐とした言葉の
一つ一つに思わず鳥肌が立った。

 降りしきる雨音に紛れ、いつの間に少女の姿が忽然と消えている。機嫌を損ねた気まぐれな
空模様に苦笑を浮かべて、桔梗はまたぬかるんだ小路を歩き出すのだった。

【後記】▼
原作36巻の、桔梗と神無の初遭遇。あそこから話を膨らませてみたのが今作。
どちらもミステリアスというか、言葉少なだし(神無は特に)似ている部分はあるんじゃない
かと。
カラオケで「終わりない夢」を歌うことがあるんですが、奈落が神無の鏡で犬桔の逢瀬を覗き
見ている場面が映って、、おいおい!と心の中で突っ込みを入れつつ、私自身 楽しんでもいた
りして。あ、それは余談。ついでに原作18巻も絡めてみました。
総もくじ 3kaku_s_L.png 連載物
総もくじ  3kaku_s_L.png 連載物
もくじ  3kaku_s_L.png 企画
もくじ  3kaku_s_L.png 自己紹介
もくじ  3kaku_s_L.png 雑記
もくじ  3kaku_s_L.png お知らせ
もくじ  3kaku_s_L.png 説明書
もくじ  3kaku_s_L.png ポエム
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
  • 【5年迎えて】へ
  • 【布石のための物語】へ
  • Tag List 
  •  * |

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【5年迎えて】へ
  • 【布石のための物語】へ