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「連載物」
存在

存在 *1

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 法師という生業は時として、いささか危ない橋を渡ることがある。庶民にはありがたがられ、
武家や貴族には凶事の際に祓いを頼まれるのが常ではあるが──本当のところ、他人(ひと)
思いとはよく分からない。
 権威を振りかざし、日頃は偉ぶっている依頼主が妖怪ごときに怯え、己へ救いを求めてきて
いる現実──つまらぬ考え事をして時間を持て余すほど、弥勒の煩悩は終始 尽きずにいた。

 庭に見事な桜が咲き誇り、花々がこの世の春を謳歌している中、一人冷めた心地なのは何故。
「法師殿。我々を悩ます怪異の件、どうかお助け下さい」
「分かりました。微かですが…この屋敷から、何処へと妖しく漂う邪気を感じます」
「私どもが中をご案内いたしますので、法師殿…ここは一つ、お力をお貸し頂きたい」
「はい」
 とある名家の貴人の宴に招かれ、弥勒が単身 向かったのは、武蔵と相模の境の寂れた家だ。
主の世話回りを担う若い男から説明を受け、広々とした屋敷の廊下を共に歩いていた時だった。
「あの法師殿、信用してよいものか」
 襖越しから、ひそひそと誰かが話している声が漏れてきた。ざっと推測するに、人数は三・
四人かと思われる。
「さあて。怪異と言うても、単なる家屋の微動であろう? 離れの母屋であったか、あそこには
不吉な言い伝えがあると聞く」
「先代の旦那様と側室の女房のことよ。正室に睨まれた側室の女が本懐を遂げようと、旦那様
もろとも自害しようとなさったとか──」
「あな恐ろし、まさに身の毛もよだつ話であるなぁ。確かその女は、先代の妻に怨みを持って
いたとか何やら…まだ成仏しきれてないのやもしれぬ」
 その場の退屈しのぎに喋っただけか、和歌の講評に戻り、彼らは優雅な調子で歌を詠んで
いる。面倒事は下っ端に押し付け、御簾越しで素知らぬ顔して嘯くなど、身勝手もいいところ。
 こうして偶然、耳に入ってきた貴族らの噂話に、弥勒はおおよその予想がついた。そして、
法師という身分の己は──信頼されてこの場へ招かれたのではなく、小手調べとの意味合い
があるような心地がしていた。
「こちらでございます」
 直衣姿の青年に導かれ、詳しく案内を受けたのは、屋敷の離れに当たる場所だ。
「この母屋…先代の旦那様に深く因縁のある場でございまして。側室と正室がいがみ合い、
果ては側室が自害した、ほんに忌まわしき一室という訳でございます」
 趣ある部屋の畳の赤茶の染みが際立っており、確かに目を背けたくなる禍々しさがある。
「…ええ、間違いないでしょう。ここに…妖の棲みついている気配があります」
意識を一点に澄ませば、声なき獣の荒々しい息が側で感じられるような、因縁めいた部屋。
「今の代になって、旦那様はここを改築される所存なのです。騒ぎの後は誰も立ち入ることの
なかった場所が開かれ、従者が敷居を跨いでみたところ──何を見たのか祟りを受けたようで、
夜な夜な夢にうなされる始末で」
聞くと、知り合いの者がずっと伏せっているというのだから、彼の心配も並大抵ではないだろ
う。月に一度の歌会を心待ちにしていた友の変貌ぶりに、物の怪が絡んでいるのではと睨んだ
訳だ。
「…それで、母屋が震動している噂があるということですか……分かりました。あなた方は屋敷
の外…安全な場所に避難なさい。この場に留まっていると、命に関わります」
「は…はい。皆に伝えます」
 やたら深刻そうな表情を浮かべ、世話役の男は震えながら、真っ先に外へ駆け出してゆく。
”若造がでたらめを言うな”と信じてもらえなかったとしても、最小限の被害で抑えられるはず。
 銭目的とはいえ、遠出してかの地へ来たのだ。何としても、今回の件をぜひ成功させたい。
妖怪退治も長引かせることなく済ませ、その暁として、愛する珊瑚の元へ、褒美をあげたかった。
「…さて。隠れていないで、潔く出て来たらどうです? 先代の亡き妻への怨念を肥やしにして、
依然 祟りを及ぼしている曲者よ、今、私がその相手をしてやろう」
 相棒の錫杖を静かに傾け、弥勒は冷笑を零すと、納屋が置かれた方角をただ見つめていた。
すると、唸るような地鳴りが足を伝い、身構えた法師を待ち構えていたとばかり、妖気を発し
始めたのだ。
 大蠍の雌とおぼしき妖怪が、血走った眼をぎらつかせ、こちらを威嚇して近寄って来ている。
十数年の眠りから覚め、他所の男の挑発に応じた妖の姿は、どこか解き放たれた印象がした。

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