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「連載物」
存在

存在 *2

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 古めかしい書物の匂いと共に、仕舞われていた場所から這い出たのは、似つかわしくない獣。
褐色の巨体の化け物が暴れ回り、土埃を立てては、相対する人間の男の法師を見下ろしていた。
「誰ぞ……妾(わらわ)を退治しようとする愚か者は。そこの法師…如何な手を使っても、わが母屋を
壊す所存であるか」
 低くゆっくりとした口調から、正体は年老いた大蠍の女妖怪であると、およそ察しがついた。
「壊すなど滅相もない。ただ──妖の身で、他の者が近づけぬほどの邪気を放ち、怪異を為して
いる辺り…法師としてこのまま見過ごす訳にはいかんと、参った次第で」
 怨念めいた母屋を温床にして長く寄生していたせいか、妖の動きはひどく緩慢で、隙だらけ。
距離を次第に詰めながら、迎え撃つやつの弱みは何かと、弥勒はあるだけの考えを巡らす。
「くくく…今に見ておれ、法師よ。この母屋は妾の巣穴……余所者のきさまには罠だらけぞ」
「よくもまあ…この狭い母屋で、その巨体…さぞ窮屈でいただろうな。まずはここから出て
もらう!」
 先刻の注意のお陰で、屋敷の中には人一人も残らずに、今は弥勒と妖怪の二人だけだ。
そうであれば、なんと好都合なことか。こちらはあえておびき出すことで、やつを封じたい。
「結界が張られているのか…!?」
 肌身で触れて分かるのは、これは決して邪なる者の仕掛けではなく、聖なる者の結界。
修行を積んだ法師を拒む結界など、普通の妖怪がカラクリもなしに張れるものではないだろう。
「ふっ。過去に陰陽師たちも同じことをしておったが、母屋と妾の身体は一心同体。
そう易々と離せるものではない」
「ならば、これはどうだ…!成敗!!」
 勝負を有利にするため、活路を見出そうとして、得意の札に頼ったが、手応えもない。
「…破魔札も効かん…だと…?」
 パリ、と小さな稲妻の音を発しただけで、肝心の妖怪の身体には傷ひとつ残らない。
終いに、ただの紙屑となって燃えた札は自分の足元を舞い、大蠍に力なく踏まれていた。
「言うたであろう? 祓いに失敗した陰陽師のまじないを、母屋の守りとしているのだ。
きさまなぞの攻撃、この妾には痛くも痒くもない」
 何度も舐め回すかの如き目線を送り、大蠍はついに、弥勒の息の根を止めにかかった。
「さ、攻撃の手が尽きたところで……妾の棲み家を荒らそうとした罰じゃ、法師…。たっぷりと
見舞ってやろう、儚き側室の怨みごと、存分に苦しめてな」
 首から上半身に至るまで、ぐるりと巻き付かれ、弥勒の上体はひどく圧迫されてしまう。
どうにか抗おうと、錫杖を振り上げて突き返してみたが、もはや非力のようで、虚しくなった。
「きさまは逃げられまい…法師…もはや誰の助けも来ぬ…。自ら憐れな末路を選びおって」
 大蠍の縛り具合は強烈なもので、知らず知らずのうちに、弥勒の体力を奪っていく。
ところどころ、電流が流れているのか、痺れて足腰が全く立たないのも、想定外であった。
「蠍の尻尾の毒は聞いておろう…? 人間ならばすぐに息絶えてしまう酷さじゃと。まさに一撃でな」
 遥か遠い異国の伝承では、散りばめられた星の呼び名にも、蠍の名が用いられていると聞く。
それにしても──自分は妖毒に、つくづく縁があるというのか。哀しき運命(さだめ)ならば、否定は
しない。
「妾の毒を浴びせるのは、きさまで二人目となろう。最初の男は…そうさ、側室と先に結ばれて
おった先代の主人ぞ」
 本音を漏らした大蠍の言葉通りならば、かつての噂の悲劇も仕組まれていたということか。
恨みの念が、外から妖怪の入り込む隙を与えさせ、大蠍に憑りつかれた正室の娘が、側室の女を
殺し、自分の夫までも手にかけたのだ。
 無論、怪異の謎が解けたところで、問題の妖を成敗できなければ、真相に辿り着いたとして
も、なんの意味もないのだが。
 こんな縁もゆかりもない辺鄙な場所で死んだなど、珊瑚が知ったなら、どんな風に怒って泣く
のだろう。悔恨だけが胸に押し寄せ、銭集めの出稼ぎなど、一人来なければ良かったとしみじみ
思う。妖怪退治が、命の危険と常に隣り合わせだということも、いつしか忘れていたなど、己は
なんて愚か者なのだと。
「──鉄砕牙!!」
 弥勒の耳に、聞き覚えのある低き勇ましい声が轟く。こちらが振り向けば、緋衣の少年が
いた。
「…犬夜叉…?」
 思わぬ侵入者に油断したのか、ほんの一瞬だけ、大蠍の触手の縛りが開かれた。
「はっ!」
 錫杖を盾にして、弥勒がかわす。そうして体勢を起こし、かろうじて、次の行動が取れるよう
に。ふと見上げた刹那、自分がいた建物の屋根は跡形もなく、綺麗さっぱり取り払われている。
おそらく──上空から飛んできた犬夜叉が、母屋の上部分を鉄砕牙で斬ったのだろう。
「おまえ…どうやってここに…」
「無事だったか、弥勒」
「家屋の屋根を吹き飛ばすやつがいるとは…妾もそこまで考えなかったわ。ちょうどよい。
法師もろとも、再び蠍の毒であの世に逝かせてやろう」
 倒す対象が一人増えただけの敵にとっては、一度に餌をどう仕留めるかだけの話かもしれ
ない。けれど、弥勒にとっては、これ以上ない心強い味方を得て、肝が据わる心地だった。
「ふざけんな、こっちはまだ生きてなきゃなんねぇ約束があるんだ。てめえの好きにさせて
たまるか!」
 自らを奮い立たせるように、犬夜叉が力強く吠え、真っ直ぐな眼差しを注いだ。
鋭い刃の切っ先を大蠍に向け、静かに闘志を燃やしている彼の姿は、いつぞやと同じ。
 諦めてしまうのは、まだ早い。やつを倒して、珊瑚の元に帰らねば、終われない。

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