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「連載物」
存在

存在 *3

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 土壇場で息をひとつにした弥勒たちの前に、老獪な大蠍が立ち塞がろうとしている。
仮にも、人様の屋敷に上がらせてもらい、退治まで請け負っているのだ。決着をそろそろ付け
なければならない。
 寝所である母屋から遠ざければ、染み付いた執着が剥がれ、運の尽きとなるのではないか。
が、刀の餌食になるのを嫌ったか、大蠍は血のついた一畳分の畳を持ち上げると、天高く仰け
反り、上空へと飛び立った。
「ちっ、逃がさねぇ!」
 地上戦ならばともかく、大蠍が遠くの空へ行った今、勝負の行方の鍵は犬夜叉に任せるしか
なさそうだ。
 羽根もなく、強靭な脚さえ持たぬ者が自在に飛べるのだとしたら、妖術の仕掛けの可能性が
高い。二対一の不利な態勢を立て直すため、考えもなしに難を逃れたと思っていたが、本当に
そうなのだろうか。目的通り、同時に弥勒らを毒で滅そうとしていたのなら、犬夜叉から逃げ
惑うのもフリであって、油断をあえてさせようとしていたのだとしたら。
「…布団が動いた…だと? しまった!」
「おい!弥勒!? てめえ、何もたついてんだっ」
「遅いぞよ、今頃 罠に気づくなど…」
 傍らに残された寝具が不穏にも妖気を発し、弥勒の右腕を絡めると、赤虫を使って伸縮し始め
た。要するに、大蠍の操る仮の触手を介して、赤い虫の吐いた糸が犬夜叉の身体へと巻き付き、
二人の身体は離れた大蠍と一体化したのだ。
「へぇ…よく分かんねぇけど、凝ったことしてくれんじゃねぇか。俺と弥勒、まとめて殺ろうって魂胆か」
「その妖刀、振らせたくなくてね。これならできぬはずぞ、そやつを妾へ振り下ろせば──触手
を伝って、仲間の法師にも直に届くのだからの」
「バカか。誰がそんな戯言、真に受けるってんだ?」
 掌を翳し、爪で大蠍の触手を裂くと、犬夜叉はもう一度、鉄砕牙を握り直して、正面に構えた。
「観念しな!」
 必殺技の風の傷の威力は凄まじく、隣のだだっ広い山野を吹っ飛ばすほどの影響に、思わず
瞠目した。弥勒の心配をよそに、一切の手加減なしで妖に応戦した犬夜叉の奔放さが垣間見えた
瞬間でもあった。
「おいおい……なんじゃ、今の轟音は……肝を冷やしたぞ」
「ほんに。まさか噂通りに、物の怪が母屋に潜んでいたというのかの…?」
 さすがの異変に、避難していた屋敷の者たちが次々と周りに現れ、血相を変えて囲み出したの
だ。苦笑いを浮かべてごまかしたはいいが、白い目で噂されるだけというのも、なかなか辛いも
のがある。
「じゃあな弥勒。俺はここで…」
「待て」
 反射的にこちらが止めたのは、機を逸すれば、面と向かって話す時が来ない気がしたから。
何事かと訝しんだ彼の右手を掴み、グッと力を込めて、黄金に輝く瞳と相対していた。
「……屋敷の側の森」
 注ぐ視線には戸惑いがあるようで、一方の犬夜叉はどこか照れているようにも感じられる。
「俺に用があるってんなら、そっちで話は聞いてやらぁ。…なるべく早く来いよな」
 木々を揺らし、隙間を縫うようにして、少年は飛び去っていく。貴人たちの前で、野生児の
如く振舞ったのも、法師と何ら関係がないと装うためで、おそらくは計算内だったのだろう。
どうあれ、犬夜叉が頷いてくれたことに、残された弥勒はただ、安堵の思いで一杯だった。
「あのー…法師殿? 今しがた飛び出して行った、緋色の着物を召した男は…妖で?」
「いいえ。彼は…私の仏弟子でして。それはそうと、母屋に棲みついた妖怪は退治できました
ので、ご安心下さい」
 母屋を派手に壊した件が責められやしないかと身構えていたものの、特に追及されることも
なかったので、ひとまずは安堵しても良さそうだ。
「正体は何でございましたのか?」
 落胆の表情を隠そうとせず、何処の出の歌人風の男が呟き、興味津々で近寄ってきた。
「先代の側室の恨みを餌に、長い間、母屋で眠っていた…雌の蠍の妖でした。手厚く供養して
おきますので、ご安心を」
「とにかく褒美を遣わそう…と言いたいところだが、この屋敷にあり余る物などはないのじゃ。
手間賃であれば差し出すこともできるが、いかがか」
 今度は、髭をたくわえた初老の男が素直にも、肝心の褒賞の内容をどうするか尋ねてきた。
「この私に…ですか。では、ありがたく頂戴致します」
 めずらしく畏まったのも、ちゃっかり者の弥勒が、後のお楽しみを忘れていた訳ではない。
一人で祓い仕事をやり始め、いくらか過ぎてきた頃。命のやり取りを交わした覚えは久々で。
 それにしても、片手に握りしめた銭の感覚が、現実のものとは思えないのは、何ゆえか。
門の外から先ほどの屋敷を眺めては、ふぅと一つ深呼吸して、また前へ歩き出していく。
 危ないところを、あいつが助けてくれた。そして──つかの間のひと時、共に戦えたこと。
「犬夜叉」
「…おう」
 濃緑の映える森の入口付近で、犬夜叉は大樹の木陰に隠れ、佇んでいた。
 ひどく寂しげな横顔と、あどけない少年の煌めきを残す面影に、なつかしさが込み上げた。

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