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「読切」
蛍の里

蛍の里

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 久々の遠出というには、ほんの些細な用事の一つにすぎぬけれど──近隣で跋扈する妖怪を
退治するとの使命を帯び、故郷の村をそれまで離れずにいた桔梗は、新鮮な面持ちで事に臨んで
いた。
 大勢が欲す四魂の玉の側を片時でも離れるのは不安が過ぎったものだが、幸いにも、その空白
は予想よりも短くて済んだ。依頼主の里人の話によると、近頃、大蛇に化けた妖が里を襲って、
皆を悩ませていたという。餌代わりに、野良猫が捕らえた鼠を使っておびき出すと、いとも簡単
に姿を現した。桔梗の放つ破魔矢に射抜かれ、致命傷を与えると、妖は弱体化して逃げて行く。
 引導を渡したのは、どんな獲物も真っ二つに引き裂いてしまう、鋭利で尖った鉄爪を持つ男。
どうせならと、暇をもて余していた犬夜叉を連れ歩き、村へ辿り着いたのは夕暮れのことだった。
「桔梗」
 黄金の眼に、ピンと立てた頭頂の耳を見る者に印象付けて、半妖の少年が一瞥をくれている。
知り合った当初の、今にも襲来しそうな獣の如き獰猛さはない。四魂の玉を巡り、敵同士の関係
は終焉を告げ──近頃では、二人を取り巻く周囲からは、他所者が気安く立ち入れぬ雰囲気さえ
漂っていた。
「どうした? こんなところでまた出会うなど、なんの用か」
 幾分 日は落ちたが、吹く風はまだ、湿気で蒸し暑さを帯びている。草履が擦れ、乾いた音が
した。
「てめえこそ、人気もなくて薄暗ぇ森ん中をよく平気で歩き回るもんだぜ。玉を狙う妖怪どもが
所狭しとうろついてるってのによ」
 再会するも、つれない言葉を浴びせ、犬夜叉が傍らの青緑の茂みから、ひょいと顔を出した。
「ああ。このところ、そんな類の妖が増えたものだ。犬夜叉、おまえも見廻りに来てくれたのか」
「なんで俺が、二度も退治に手を貸さなきゃなんねぇんだ。里のガキから、蛍を貰ったんでい」
 後ろで組まれた犬夜叉の両手が解かれ、その掌に何やら四角い箱を乗せているのが窺える。
竹製の編籠に入れられた二匹の蛍は、ささやかな光の破片を纏って、ただ佇んでいた。
「良いものを見せてもらった。楓が側にいれば、さも興味津々で蛍を眺めていただろうな」
「…おまえに見て欲しかったから、こうして近くに来たんじゃねぇか」
 ふと、逸らされた視線が犬夜叉の心の乱れを物語り、隣に並ぶ桔梗を複雑な思いにさせた。
もしや、巫女が喜ぶとでも思って、ご丁寧に持参したというのだろうか。可笑しい話があるもの
だ。妙な期待をして、自惚れが過ぎては逆にみっともない。平静を装いながら、続きを促して
みた。
「犬夜叉…。妖怪との戦いに明け暮れていたおまえにも、そんな風流を愉しむ心があるのだな」
「風流?」
「蛍は夏の季語ともいうからな。遠く、都に住まう高貴な者たちは…闇夜にぽつり灯された、蛍
の儚げなる光を愛でていた──と、書物で読んだことがある」
 片田舎の村で巫女として暮らす自分とは全く関わりのない、華やかで雅な夢うつつの世界。
平穏な日々にどれほど焦がれても、身の丈では到底 得られぬ幸せのかけらのようで、胸が疼く。
「だが、これは返す。私が持っていても、こうして多忙ゆえ、蛍の面倒を見てやることはでき
ぬ。それに──虫籠で窮屈そうに囚われたままでは、可哀想で忍びないだろう?」
 淡い微笑の影に紛れて、言い訳を口にした自分を恥じていた。ただ、彼の好意を受け取るのが
怖かったから。”先に帰る”と言い残し、犬夜叉と別れたあの時──煌めく宝石の群れを成す蛍を
一目見て、土産として持ち帰ろうと決心した少年の気持ちに偽りなど、あろうはずもない事実だった。
「…そうかよ。けっ、俺があの里まで行って戻して来るしかねぇってか?」
「誰もそこまでは言ってないだろう。人を介して里の者に渡せば、蛍を返したことになる」
「っ、面倒くせぇ。おまえに蛍を飼う気がねぇんなら、わざわざ持って来るんじゃなかったぜ」
 幸いにも、身勝手な巫女のわがままを知る由もなく、犬夜叉は無愛想な態度で正面を睨んだ。
あながち、自分の言った件も嘘ではないが、叶うことなら、一度は半妖の頼みに応えてもいい。
「犬夜叉。鑑賞して愉しむことは構わんが、その後始末まで考えるのが筋というものだ。
私が蛍を戻してやってもいいのだぞ? そんなに里の人間と関わるのが嫌ならば」
 終いに、どこか説教じみた言い方になって、二人の会話の内容も初めの本筋から離れてゆく。
普段、生意気な口を聞いてばかりの彼が、趣深い贈り物を殊勝にもしてくれたというのに。
「そうは言ってねぇだろ。だいたい──」
 頑なに受け取らぬ桔梗に業を煮やしたか、犬夜叉の苛立ちがじわりと募り出す。
こうして退屈することもなく、無事に帰村できたのは、辺鄙な人里にまで、彼が出向いてくれた
お陰であり、妖怪退治に全面的に協力してくれた今回の件に関しては、感謝の念すら湧く。
 対して見返りも求めず、こちらが不思議に思うほど、犬夜叉は自慢の爪を敵へ披露していた。
ところが今、収穫の品である宝物を滑らせ、その場で落下した虫籠が開くと、途端に目の色を
変えたのだ。
「ちっ、自分から逃げやがった…」
 一つ、二つ。ゆるやかな曲線を描いて、蛍は上空を気ままに漂う。慌てて、犬夜叉の右手が
捕らえようとするが、飛んで追いかけようとも、虚空を掴むのみ。ほんの一瞬の出来事だった。
「このままでいい」
 緋色の上衣の裾を引っ張り、犬夜叉に制止するよう求めたのは、自分の直感に従ったまで。
力に訴え、無理に相手を縛ろうとしたところで、自由を手にしようと、反動で振り切られるのが
常だ。
「蛍たちはきっと、自分の故郷の里の方まで、ひたすら目指すだろう。自然の生き物とは、
あるがままに生き抜いてゆく。森も土も、水も、昆虫も……人間が全てを支配することなど、
所詮できぬのだから」
 ちなみに、桔梗が犬夜叉と訪問した際、かの地に住む者は口々に”わが里”自慢をしていた。
毎年、夏になると、竹林の下にひらり舞い踊る蛍の光景が綺麗だそうだ。それは皆の語り草と
して、老いも若きも揃って、誇らしい様子で話していたことが鮮明にも思い出される。
 豊かでこの上ない恩恵を享受している今、蛍の取った行動はごく普通の”生きる”ための行動。
僅かな命の果てる瞬間(とき)──最後くらいは、彼らの好きにさせてもいいのではないかと。
「さ、夜も深い…もう寝るとしよう」
 上弦の月影が淡く映し出すのは、巫女の住処の帰り道へと繋がる曲がり角で、目印でもある。
その時 偶然にも、森の中にいた桔梗を呼び止め、里に飛び交う蛍を照れくさそうに見せようと
した犬夜叉は、何を思っていたのだろうか。
「なんでぇ。諦めろってか、つまんねぇの。じゃあな、桔梗」
 小さな呆れ声と共に、落胆もごまかすように、犬夜叉は地を蹴り上げ、側から去って行く。
どう返事すればよかったかも分からぬまま、彼の消えた方角を桔梗は暫し眺めていた。
 事情はあれど、互いに背を向けた別れ際の会話は、眠りの森が包む静寂に呑み込まれ、いつ
までも心に響いて来るのだった。

 布団で身を休めようとして、何度も目が覚めてしまうのは──朝から晩まで、かの少年といた
せいなのか。犬夜叉には指一本さえ触れてもいないが、彼の温もりやら、妙なところで意固地に
なる癖、不器用な気持ちの伝え方などをしみじみ感じてしまい、ふと不思議にも思わされる。
普段より長くいることで、今まで見えて来なかったものが突然、輪郭を見せ始めたのだとしたら。
 隣に寝ている楓を起こさぬよう、そっと身体を起こすと、枕元に置いてある大弓を抱き寄せた。
 儚い灯火を点し、虫籠に仕舞われた蛍を見ていた犬夜叉が、どこか寂しそうな眼差しを送った
理由(わけ)を知りたい──直接、桔梗が聞ける話でもないのは承知の上だが、思わせぶりとはこう
いうことを指すのでは、と一人で苦笑してしまった。
「犬夜叉、おまえの相手をするのは持ち越しだな」
 巫女としての日々の務めと並行して、誰に頼るでもなく、己の力のみで宝玉を邪な妖怪から
守ってきたのだと、自負してきた部分もある。けれど、玉を狙うものの、女の命を取ろうとは
しない犬夜叉に甘えて、物事の是非を問うことを引き延ばしてしまい、このところ、馴れ合い
の状態が続いているのも事実だろう。
 その点は反省しながらも──”並外れた霊力を持つ巫女がいる”との噂により、再び遠方から
退治の依頼があるかもしれないと、桔梗は密かに、犬夜叉と接触する好機を待っていたのだが
──そんな巡り合わせは二度と訪れなかった。

【後記】▼
犬桔で夏をテーマに、短編を綴ってみました。もちろん五十年前…切なくてささやかな二人。
”蛍”も儚いイメージがあるので、桔梗がそれを見てどう思うのか考察するのも興味深いかな。

犬桔好きな方は、アニメの特別篇に影響をかなり受けてるんじゃないかと( *´艸`)
ただ話を交わすだけでも、胸をときめかせる何か…敵同士ということを忘れてしまうほどに。

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