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「連載物」
まがいもの

まがいもの *1

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 心は何処を彷徨い、想い人の影を宿しながら、いくつの季節を無駄に過ごしてゆくのだろう。
常人が考える以上に、生と死の境とは非常に曖昧で、想像もつかぬ出来事が往々にしてある。
 ぼんやりと物思いに耽る間もなく、虚ろな操り人形の如き桔梗が目にした景色は、初めての
ものだった。先ほどまでいた、崖地に吹きつける北風や、さらさらと流れる川の涼やかな音も
耳元ではしない。ただ、そこに在る特徴といえば、土埃が舞い、絶え間ない炎の鮮やかな赤が
竃を埋め尽くす、あまりに殺風景な職人たちの住処と見えた。
「気がつかれましたかな」
 土壁に似た色の古着を纏い、口元に無精髭をたくわえた初老の男が、鋭く凝視している。
狭い空間の中では、人の吐息や動作ひとつでさえも、全ての音に敏感にならざるを得ない。
「…あなた方は」
 身体に力を込めようとして、全く入らないことに驚く。桔梗は仰向けのままで、視線を彼らに
向けた。せめて、体勢を整えようと、苦し紛れな寝返りを打って、斜めでなんとか相対した。
「われらは、山麓に居を構えている陶器の工房の者。怪しい者ではございません」
「川にいた私を…ここまで引き上げてくれたのか」
 白衣を触ると冷たいので、意識が戻るまでの間、川の水に浸かっていたのだと思われる。
傾斜のある崖から真っ逆さまに落下したなど、生身の人間ならば、おそらく生きてはいない。
こちらの記憶が途切れていたのは、人里を彷徨い歩き、体力がそこで尽きたせいだろう。
「いいえ。巫女様ご自身が、私たちの工房の入口までお訪ねになられたのですよ。まあ、覚え
ていらっしゃらないのも無理はない…。ところどころ着物が破れ、お顔は生気が見られぬほど
蒼白でしたし……よほどお疲れでいたのだろうと」
「…そうでしたか」
「崖下にはとめどなく川が流れ、森の繁みには小動物だけでなく、妖怪もいると聞き及びます。
巫女様がどのようにして、われらの元へ流れ着いたのかは分かりませぬが、これも何かの縁…
お救いせねばと、その後 意識をなくされた巫女様を介抱した次第です。差し出がましい真似を
してしまい、まずは詫びを言わねばならんと、倅とも話しておったのでした」
 肩の荷が降りたのか、器職人の主が此度の経緯を明かすと、ぼそりと申し訳なさそうに呟く。
「……いいえ」
「男しかおらぬところに来られ、さぞ肩身が狭いでしょうが…近頃はめったに客人も訪れぬゆえ
…実に久方ぶりの来客ということもあり、父も私も戸惑っているのです」
 旦那の背後に控えた青年が軽く会釈したのに合わせ、桔梗も笑みを繕い、目配せを交わす。
日焼けした色黒の肌は親譲りだが、両手の指先の綺麗な形は、まるで似ても似つかない特徴だ。
「巫女様。粥を作っておきました。どうぞ冷めないうちにお召し上がり下せぇ」
「…ああ」
 温かい椀がふいに視界へ現れた。鬼術で蘇生して間もないことも忘れ、無理矢理に押し込む。
塩だけで味付けされた素朴な味で、一口入れて味わうごとに、梅の上品な風味がほのかに香る。
食欲など、とうに失せていたのだが、人から頂いたせっかくの好意を、まさか無下にはできまい。
「巫女様、この近くの川はもうご存知でいらっしゃいますな。よければ、一度 お身体をお清めに
なられてはいかがですかな」
 確かに、夏の訪れも直に迎える頃、汗を手っ取り早く流すには、水浴びが最適かもしれない。
主とその息子以外の人間はどこにもおらず、そんな集落の状況からも、孤立感が漂っていた。
「替えの着物でしたら、こちらにあります。以前 里に住んでいた遠戚の物ですが…汚れを落と
し、巫女様の衣服が乾くまでの間、遠慮なく使って下さい。私が、巫女様を側までお連れします」
「…よいのですか」
「なんなりと、倅におっしゃって下され」
 ふらつく足取りで、桔梗は若い息子の案内を請うた。里人から親切に白湯を頂き、粥を食した
ところで、この世を彷徨う死人の身に効く薬など何ひとつない。唯一 足りぬものを挙げるなら、
それは死魂。せいぜい生き永らえるため、膨大な死者の魂を取り込むしか道は残されていなか
った。
(なるほど、血生臭い……あの者たちは、漂着した奇怪な巫女である私を遠ざけようとしたのだ
な。この血は…知らぬ間に犬夜叉に爪で引っ掻かれたのか。いや、自ら私がやつの衣を引きち
ぎり、犬夜叉を傷つけた。だから私の着物に残った滲みは、犬夜叉が流した血の跡なのだ…)
 五十年前の因縁。一刻も早く忘却したかった記憶のはずなのに、名残惜しさで身が裂かれる。
 突如の眩暈に滅入りつつ、ここは川で禊をしようと思い立ち、ゆっくりと歩を進めていく。
(洗い流せば、何もかも忘れられるだろう。犬夜叉への憎悪だけが抜けぬ錨となって、海の底に
船を沈ませようとも。私はこの流れに身を預けてしまえばいいのだ…抗うことなく、浮かぶこと
もなく)
 浅瀬の優しい心地に物足りなさを感じて、もっと深く深く、危ない場所へ行きたい思いに駆ら
れる。そんな真似はできる訳もないが、常軌を逸する刹那など、訪れる時はいつだって一瞬だ。
(崖で足を滑らせ、落下寸前だった私を…あいつは…犬夜叉はあろうことか、助けようとしたの
だ。そして、この私に…やっと手に入れた自由な魂ごと、かごめという女の元へ還れと。そう言
って…力ずくで引き上げようとした。私がおまえへの憎しみで一杯になっていることも知らずに
……)
 別の者に転生していた魂は今、桔梗の身体へと入り、いつしか己に馴染もうという時だった。
所詮、身体は魂の入れ物にすぎず、この身を形作る肉体とは、脆くてあやうい鎧のようなもの。
死人として蘇ってもなお、彼への愛憎あふれる想いは留まることなく、苛み続けることだろう。
(約束を破り、裏切ったのはおまえだ。それなのに、犬夜叉は私が蘇った途端、縋る眼差しで
こちらを見ていた。滑稽なほど、あの時のおまえは何も知らぬ顔で、拒絶すればするほど、私は
惨めな気持ちになった。蘇ったとて、今の私には何ができる? 犬夜叉、おまえを道連れにして、
私はこの世から消え去りたい。巫女の姿を纏っていても、ただ虚しいだけだ。あの頃にも戻りた
いとは思わぬ)
 蔓延る邪心も振り切れぬまま、自らの掌で水を一杯に掬い、顔を洗ってみたが、効果もない。
どうやら、内側から込み上げるような、言いようのない渇きの正体とは、一人で見定めることが
かなわないようだ。
「とても禊どころではない…か」
 頭を冷やそうとして、修行の一環で川辺へ赴いたというのに、これでは単なる時間の無駄。
物事を見通すには忍耐が必要だが、思案を深めて足掻いたところで、自分を責めてばかりだ。
村巫女だからと、己を縛る枷もなければ、身を挺して守るべき者も側にはいないはずなのに。

 びっしょり濡れて、重たい黒髪を一旦 持ち上げながら、貸して頂いた藍色の衣に着替えた。
暗く閉ざされた、日陰の寂れた裏道を行くと、布の端切れを繋げた幟(のぼり)が目印の建物がやがて見えてくる。
 何かが壁に当たったような、虚しい物音に導かれ、桔梗が向かった先は、工房の一室だった。

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