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「連載物」
存在

存在 *4

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 知る人ぞ知る、辺鄙な田舎の屋敷側の森一帯は、古寺が所有している森林だという。
常緑の中にあって、すぐに目立つ色合いの、赤き人影の主に、弥勒は向き合い、近寄った。
「犬夜叉。先ほどはすまなかった」
「ああ? 俺はただ、てめーが妖怪の野郎に手こずってたみてぇだから、その辺 通りがかった
ついでに助太刀してやっただけでい」
 気だるげに腕組みしては、さも朝飯前だと言わんばかりに、口元には笑みが浮かぶ。
そういえば、奈落から、かつて自分の風穴の弱みに付け込まれた際も、犬夜叉の勇気ある行動
で命拾いしたことがあったなと、ふいに感慨深くなってしまう。
「…それでも礼を言う。あの時 おまえの助けがなければ、私は殺られていたかもしれん」
「そうかよ」
「…三ヶ月ぶりか? こうして、おまえの姿を近くで見るのは」
「さぁな。俺は楓ばばあの村周辺をうろついてっから、時々 弥勒たちを見かけるけどよ。
言われてみりゃ──最後に会ったのは、おまえらの祝言以来だったかもな」
 四六時中、身の振り方をしきりに思案していたのか、犬夜叉の動向は雲の如く掴めない。
世話になった楓の村に居着く素振りもなく、風と共に現れ、また去っては静かにいるのだ。
「……元気にしていたか」
「けっ。何言ってやがる、この俺が独りでくたばってるとでも思ってたのかよ。んな訳ねー
だろ、こうして毎日しぶとく生きてるぜ」
 そっぽを向くようにして、可愛気のない憎まれ口を叩くところが、まさに犬夜叉らしい。
ただ、ろくに睡眠もとれていないのか、あの頃の彼にはない、やつれた影が色濃く残る。
「…そうだな。おまえから直接 近況を聞いて、多少は気が楽になったぞ。あの後──
私たちも赤ん坊を迎える準備でせわしくなって、おまえのことを気に掛けてやれなかった。
珊瑚も…会話の端々で犬夜叉、おまえの様子を心配していたからな。まずは再会できて
良かった」
「……なんだよ、聞いてればまるでガキみてぇな扱いはよ。俺のこと、ナメてんのか?
もともと俺は独りで生きてきたんだ、今さら孤独には慣れっこだぜ」
 哀れにも、張本人が頑なに否定すればするほど、その綻びが傍目には分かるというもの。
弥勒は意を決して、いつしか避けていたかごめの話題を、犬夜叉の前でぶつけたのだった。
「ああ。おまえのことだ、そう返すだろうとは思っていた。だが言わせてもらうぞ、犬夜叉。
昨年 奈落を討ち、四魂の玉との戦いを終えて──私たちの旅は確かに終焉を迎えた。それと
引き換えに……かごめ様が井戸の向こうへ去り、おまえは未だ会えずにいる」
 違う世界で想って生きるのが二人の運命というのなら、あまりにも突然すぎて、酷いことだ。
幾度 犬夜叉が、井戸の側でかごめを探す姿を自分が見てきたことも、弥勒の胸に突き刺さる。
「私には…おまえを慰めようという気もない、もとより掛けてやる言葉が見つからん。
大切な女(ひと)に会えぬ辛さも、側にいてやれぬ哀しみも…到底 私たちが癒してやれるものでは
ない」
「弥勒……何が言いてぇ」
「それでも」
 諦めていたくはなかった。同じ仲間として、己ができることなど、限られていたとしても。
「犬夜叉、おまえは独りではない。たとえ離れていても…あの時 旅を共にした日々が色あせる
ことはない。それは今も同じだ──分かってくれるな?」
「…何 当たり前なこと言ってやがる…」
「ならば私のしがない頼み、聞いてくれるか」
 固く握りしめていた右拳を静かに開き、弥勒は瞬きをすると、犬夜叉とふと目が合った。
先ほど、苛立ちをあらわにしていた犬夜叉の、なんと穏やかで優しげな表情なのだろう。
「実を言うとな…子が直に生まれて来るのを控えて、我が家の台所事情は火の車でな。
珊瑚が身重であることを考えると、万一に備え、単純な祓い仕事のみ行えばよいと思って
いたのだが──何せ子を育てるとは労苦のいるもの。後々、赤ん坊のことを考えてやれば、
多少なりとも、今よりも満足な暮らしをさせてやりたいのだ」
 そもそも、今回の無茶な依頼を引き受けたのも、元を正せば、嫁の珊瑚を楽にさせたいが
ため。けれど、それものろけ話に聞こえたらしく、犬夜叉の眉がハの字に歪み、呆れている
様子も窺える。
「…で? さっきの妖怪退治、そんな言うほど金でも貰えたのかよ?」
 さして興味なさげに呟いては、弥勒のことを茶化してくるのだから、やつもあなどれない。
「まあな。少なくとも、普段の仕事よりは銭が頂けた程度…というところか。しかし、命懸けで
戦った割に、褒美が見合っていないのは否めんが」
「別にいーじゃねぇか、それで懐の銭が増えたんなら。…だいたい細かいことを気にしすぎ
なんだよ、おまえは」
「私が言いたいのは…犬夜叉、おまえが屋敷で働いた分の銭のことだ。本来であれば、受け
取った銭全ては──妖怪をしかと退治したおまえの物だ」
「…はあ?」
「あくまでも私は怪異を為す妖を退治するため、件の屋敷へ呼ばれた。彼らの依頼通りに
一人で退治できなかった私が、受け取るべき物ではない」
 建前上は小銭を拝領したはいいが、こちらも曲がりなりにも、法師としての矜持がある。
代わりにささやかな褒美を渡そうと、段階を踏むように、犬夜叉へ旨い話を持ちかけた訳だ。
「……弥勒、なんか勘違いしてるみてぇだが、初めっから俺は礼も金目の物もいらねぇぜ。
助太刀が気に食わなかったんなら謝るが──偶然 仲間の危機に出くわして、見て見ぬフリ
なんぞできるかよ」
「…そうだったな」
 見事なまでに、真っ直ぐすぎる正論の肩透かしを食らい、弥勒としてはどうも分が悪い。
当人たちの抱える傷に触れまいとして、こちらが先回りしたところで、それは無駄足ということ
もあるのだ。
「てめえの頼みって──まさか”この銭を自分の代わりに受け取ってくれ”ってんじゃねぇだろ
な? だとしたら、願い下げだぜ。いちいち礼なんか受け取る仲じゃねーし、妙に気色悪ぃ」
 何もかも見透かしているような友の言葉に、どこか爽快な一陣の風が吹いてきたのを感じる。
すぐさま、体面を保とうとした気恥ずかしさで一杯になるが、ひとつの確信が胸の内に宿った。
「ああ。だが、今思ったことがある──犬夜叉、おまえの力を貸して欲しい。私と共に、退治の
仕事を手伝ってはくれないか?」
「弥勒……なんで俺に」
「説明せずとも、おまえならば分かってくれるような気がしたからだ…。人助けを嫌がるくせ、
いざ、他人が困っているところに出遭えば、肩を貸そうと動く男(やつ)だろう? 犬夜叉」
「俺のこと、褒めてんのか…?それ」
「もちろんだ。犬夜叉、おまえが嫌でなければ引き受けてくれんか」
 当然、即決で返事が貰える話ではないことは、本心を打ち明けた弥勒も承知していた。
うわの空になり、犬夜叉は木々に憩う小鳥を眺めていたが、やがて真摯な視線を向けている。
「いいんだな? 俺が、おまえと退治の仕事を一緒にやっても。じゃっ、手加減は一切しねぇぜ。
”やる”と決めたからには、半端な仕事なんぞあり得ねえからな」
 ぶっきらぼうに答えて、照れくさそうに背を向けていながら、その声は力強く、あたたかい。
魂を吸い寄せられるが如く、犬夜叉は最愛の人をこれからも待ち続ける。たとえ、互いの時空
が交わることがあろうと、なかろうと。ならば、自分は傍らで、犬夜叉とわずかでも同じ時間を
共有したかった。
「…望むところだ」
 こうして、犬夜叉に一旦 別れを告げ、三日後の夕刻に、楓の村で会うことを約束した。
怪異が二人を引き寄せた、もっと言えば遅いくらいの、弥勒と犬夜叉による、妖怪退治の仕事。
 決して彼が見せようとしない、心の奥の大きな隙間を隣で感じられたのも、この時が始まりだ
ったのだと──祓い業が日常になった今となってみても、度々 痛感させられているのだから。

【後記】▼
弥勒と犬夜叉。二人の退治の仕事って、どんな風に始まったのかなと。
愛すべき人(かごめ)が現代にいて、戦国時代にいる自分(犬夜叉)は会いにも行けない訳で…
理由(わけ)もなく孤独の底に沈みながらも、村の日々は無情にも過ぎてゆく。

そんな中で、離れて暮らす弥勒は犬夜叉のこと、どう考えてたんだろうかと。
こういう事情があって、犬夜叉は少しずつ村の生活に染まっていくのかも、なんて。
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