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「連載物」
いざ墓前へ

いざ墓前へ *1

 ←存在 *4 →通り過ぎてく季節も、悲しみもさよなら
 口元に程よく広がる、清らかで風味豊かな新茶の匂い。湯呑みに昇る湯気があたたかい。
今日は、旦那の元に退治の仕事の依頼がなく、これならこれで、二人で一緒にいられる時間が
増えていいかもしれないと、かごめは犬夜叉を誘っていた。
 住処の離れで同じ釜の飯を食べ、一息ついたところ。とれたてのお茶を注がれ、彼が安らい
でいた──その数秒後だった。
「親父の墓に行きたい…だと?」
 かごめの無邪気な一言に、隣で胡坐をかいて聞いていた犬夜叉は、思わず耳を疑った。
隣村まで、自分が退治の件で遠出したことは数あれど、かごめには家の留守を常に守ってもら
っており、ここで暮らし始めて以来、小さな村から彼女は一歩も外へ出ていないのだった。
 他でもない嫁の願いならば叶えてやりたいが、その真意が何を指しているかは明白である。
「うん。ほら、私たち…夫婦(めおと)になって一年が経つでしょ。”その間いろんなことがあって、
お互い今もこうして頑張っています”って報告したいなって」
 目を伏せながらも、嬉々として、かごめは何ひとつ曇りのない瞳で、優しく微笑んだ。
ふと振り返れば、一年という歳月の重みは、改めて言葉にすると、ひどく現実味を帯びてくる。
 だが、かごめがその感傷に浸ったり、大げさに二人だけの行事を作って騒いだりするような
女でないことくらい、長い付き合いの犬夜叉には、お見通しだった。これは、何か目的がある。
「だいたい墓の在処、どこか知ってんだろー? そう、おいそれと行ける場所じゃなかったろ」
「あの世とこの世の境…二度行ったことはあったけど。私だって、無理を承知で言ってるのよ」
「言っとくが、あっちに行く術はもうねぇはずだぜ。一度目は俺の右眼の黒真珠…二度目は、
鶏の血の河だった──」
 因縁の敵・奈落を追う旅の途中で、最後の四魂のかけらを求め、掴んだ手がかりの数々。
大妖怪の父の牙で作られた鉄砕牙を付け狙い、殺生丸が憎悪剥き出しで来襲してきた際も、
兄弟は形見の行方を争い、墓前で戦ったのだ。白い霧に隠れて、巨大な骨が幾重の砦として
そびえ立ち、遥か彼岸と此岸を分かつ場所。
「ええ。だから、あんたから頼んでくれないかって……殺生丸に」
「はあ!? どうしてこの俺が、頭下げてあいつに頼まなきゃなんねーんだっ」
「……いいわよ、私から言うもの。殺生丸の天生牙…あれで火の国の門を通るしか方法はない
訳だし」
 説得が難しいと見るや、かごめの行動は早い。肝心の旦那の頭上を飛び越え、義兄の協力を
得ようと、別の手段を講じることを考えている。立場のない犬夜叉は堪らず、その肩に手を触れ
た。
「ちょっと待て」
「…何よ?」
「かごめ、おめー直接 殺生丸の野郎に話してくるのかよ?」
「ええ。なんなら、そうね…りんちゃんに伺ってみる方が早いかもしれないわ」
 真っ先に言うと、昼過ぎの休憩を終えたかごめは住処を後にして、戸をピシャリと閉める。
逆鱗に触れるかと思うと、何ゆえか反論できず、最近のケンカは犬夜叉が黙ることも度々。
 これ以上 深追いするのも面倒くさくなり、犬夜叉はふて腐れたように両足を投げ出すと、
寝転んだ。結局、退屈を持て余すのが余暇の日常であって、嫁の帰りを待つ他なかったのだ。

 些細な夫婦の内緒話が公に知れ渡るところとなったのは、それから数日後のことだ。
川辺に晒していた洗濯物を取り込んだ時、差す西日の眩しさに思わず、ふっと目を伏せた。
「かごめ。りんが言っておったが、おまえたち…犬夜叉の父の墓場に行くのか」
 立ち話がしたいと、側で楓が心配そうに首を傾げ、かごめに事の次第を尋ねてきたのだ。
「勝手な私の申し出なんだけどね、お義父さんにも一度挨拶しておきたかったから…」
「それで殺生丸を頼った…というのか。はて、気安く頼みに応じてくれればよいのだが」
 淡い期待など、持たぬ方が身のためなのかもしれない。毛嫌いしている弟と、その嫁を
連れ、敬愛する父上の墓場へ、あの殺生丸がどうして馳せ参じてくれるのだろうか。
「かごめ様ー!」
 その時、仄かな憂いを吹き飛ばすのには十分なほど明るい、晴れやかな少女の声が後ろで
聞こえた。坂道を歩いていたりんは右手を振ると、軽やかにこちらへと近づいて来る。
「明日の早朝で良ければ。殺生丸様も、お父上のところに参上したいって言ってました…!」
 息を弾ませながら、それがさも一大事というように、真っ直ぐ駆けては、可憐な笑みをこぼす。
「えっ、私たちがついて行ってもいいの!? そう言ってた、殺生丸は?」
「はい。りんは残念ながら留守番ですけど…犬夜叉様とかごめ様、あと邪見様も連れてくと」
 おそらく、万が一のことを考え、危険をともなう場所には同行させぬと、殺生丸が判断した
のは想像に難くはない。何はともあれ、兄弟で墓参りができるとは、仲違いしていた頃から
したら、実現することもあり得なかった話だろう。
「嘘みたい……伝えてくれてありがとう、りんちゃん」
「おみやげ話、帰って来たらたっぷり聞かせて下さいね」
「ええ。約束するわ」
 歌いながら、小指を互いに絡ませた時、寂しそうに笑うりんと目が合い、なんとも言い難い
気持ちにさせられた。行けない彼女の分まで、私たち二人が赴いて、思い出を作らなきゃ、と。
 旅立ちの前夜、二人で見上げた空はやけに青く輝き、無数の星がきらめいて綺麗だった。

 新しき始まりの陽が差し込み、奥深く眠っていた森の生き物たちが瞼を開けようという刻。
妖しくゆらり漂う兄貴の鋭い視線を合図に、かごめと犬夜叉は彼の姿の後に続いた。
 そういえば、目的の地に辿り着くまで、ひとつも交わされた会話がなかったことに驚く。 
決して自分から歩み寄ろうとはしない、殺生丸の自尊心の強さに、かごめは感嘆していた。
 そんな一行を火の国の山で待ち受けていたのは、二体の石像──死者の入口の番人だった。
「また…きさまらか」
「いいだろう。通りたいのか、通りたくないのか」
「出たぜ、石頭みてぇな図体の用心棒が」
「あ、確か…牛頭(ごず)と馬頭(めず)よね」
 長年、墓の守り人をしていた冥加曰く、牛頭と馬頭を大人しくさせるには、それなりの策が
要るのだと。力ずくで斬り合っても無駄なことで、当時の犬夜叉一行は、二体を元の位置に戻し
て、動きを止めることでしか、皆を死に至らしめる元凶の山門の騒ぎを収められなかったのだ。
「ひええ〰まだ生きていたのか、こやつらはっ。せ、殺生丸さま、例の天生牙を早くっ」
「なんでぇ邪見、こんな虚仮(こけ)おどしにビビってんのか?」
「何おうっ、わしはただ武者震いをしてただけじゃっ。父君の居るあの世とこの世の境に再び
行けるなど、誉れじゃからな」
 自信ありげに、胸を反らせて豪語するものの、その掠れ声こそが平常心ではないとの、何より
の証拠。小心者の邪見をからかいたくてしょうがないのか、犬夜叉も調子に乗る。
「答えろ。門を通りたいのか、通りたくないのか」
「ふん…父上の墓に用がある。こやつらは私の連れだ」
 真冬の氷の如く、やけに涼しい顔で殺生丸は言い切ると、懐の癒しの刀・天生牙を抜いた。
「われらに再びその刃を向けるか……お通り下さい」
「門を開くことしか、われらにはできぬゆえ…」
 突如、耳を塞ぎたくなるような地鳴りがして、その場でかごめは立ちすくみ、犬夜叉を見た。
凄まじい轟音と共に、重い門扉が軋むように動き始め、牛頭と馬頭が畏まって道を空ける。
「え゛…石像たち、膝まづいてるけど」
「……なるほどな。こうやってあの時、殺生丸は親父の墓のとこに来たのか」
 こうして、冷静に突っ込みでも入れてなければ、久々の冒険に、気が動転してしまいそうだ。
幾度も戦い慣れしている犬夜叉でさえ、普段よりもいくらか口数が多いのが窺える。
「何を突っ立っている。通らんのなら、まとめて置いてゆくぞ」
 此度の余興に付き合ったのは、あくまでも己のためで、犬夜叉のためなどではない──
寸分の情けを掛けるのも惜しいと言わんばかりに、目立った気遣いを見せることはない。
 だが、毛布に似た体毛の塊に邪見を乗せ、殺生丸は殊勝にも、自分たちの先導を買って
くれるという。義兄の殺生丸のお言葉に甘えて、かごめは犬夜叉におぶってくれるよう頼む。
「行こっ、犬夜叉」
「…おう。しっかり捕まっとけよ、かごめ」
 正面から図らずも、異世界の扉が開かれようとしている。犬夜叉が、かごめの手を引き、
頷く。一歩進むごとに、高鳴る鼓動の響きは否定しようがなく、仲間と交わした日々が蘇るの
は当然のことだろう。
 犬夜叉の、頼りがいのある背中の変わらぬ温もりが嬉しくて、かごめは赤い衣に頬ずりした。



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