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「連載物」
まがいもの

まがいもの *2

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 日没前というのに、差し込む光の量は弱々しいもので、小屋の外観を一層寂しくさせる。
塗り固められた土壁の向こうから、工房のざらついた空気と共に、男のため息が漏れ出ていた。
 素人目でも高価な器などが、髭面の男の荒くれた拳によって、粉々に容赦なく割られている。
どこか不可解ともいえる行動と、他者の言葉を挟む隙も与えぬ緊張感に、身体が固まりそうだ。
だが、やはり黙って見ているのも失礼かと思い、桔梗は小屋の敷居を跨ぎ、足を踏み入れた。
「あの…」
「や、こんな粗末なとこまでご足労頂いてすみませんな。倅は一緒じゃねぇんですか?」
「いろいろ見て回りたいと…私の方がわがままを言いましたら、一人にさせてくれたので」
 角の立たぬ言い方をしたが、その答えは嘘だ。ずっと誰かに見張られていては、息が詰まる。
せめて、体力が回復するまでのわずかなひと時だけ、身を置かせてもらおう。
「……人里なら、こっから南に一里行きゃあ、見えて来ますぜ」
「どうして、私にそれを──」
「何処ぞの巫女様が好き好んで、辺鄙な谷底の寂れた集落に赴くなんて、珍妙な話にも程が
ございましょう。俺はてっきり、道に迷われているんじゃねぇかと、親切心でつい…」
「そうですね…お恥ずかしいことに、目的を忘れていました」
 崖下で犬夜叉と交わした言葉に偽りはない。滑り落ちて川に流された後も、この心は悔しい
ほどに、黄金(こがね)の眼差しを寄越す半妖の少年のことばかり考えていて、彼を想えば想うだけ、
恨みの炎が広がって、自分自身を焦がして苛んでゆくのだ。
 無論、本業である巫女だからとそれらしく振舞ったのも、土地の者の疑いを逸らす芝居に
他ならない。今の答えで安心したのか、主はお構いなしに、身の上の詳細も話してくれた。
「本当はもっといいとこっていうか…器作ってるとこもお見せできたら良かったんだが…」
「いえ。なんの申し出もなく、急に工房へ来てしまった私こそ、すみません。それよりも…
なぜ、出来上がった物を次々に割ってしまうのですか」
「はは…つまんねぇ作業に映っちまったようで。今割ってんのはみーんな、欠けてヒビが
入った不揃いの出来損ないでごぜぇますよ。長く続けててもな、周りにゃ失敗作ばかり」
 じっくりと高温の窯で焼く過程において、あちこちに割れが生じてしまうのはよくあること。
茶器の類にはまるで詳しくないが、世に名高い逸品とは、総じて職人のこだわりが強そうだ。
「やはり、洗練された美しい形でなければ、売り物にならないから…?」
「そんな理屈だけじゃねぇんだ。俺も職人の端くれとしては、完璧なもんを求めてみてぇ性分
でして。自分の納得する物しか売りたくねぇって意地張ってましたら、里の仲間たちがある日
”これ以上はついていけねぇ”って啖呵切った挙句、皆して揃って出ていきやがった」
 もとより、貧乏暮らしを余儀なくされていたところに、稼ぎも一気になくなったゆえ、家族は
困窮を極めてしまう。物作りの仕事を続けられたのは、ひとえに親戚からの援助のお陰らしい。
「ま、若い頃はそれが正しいって、信じ切っていたんだが。こうも人が離れていくのをみると、
俺の信条が果たして真っ当なものだったのかって、分からなくなっちまいますぜ」
「けれど…息子さんはあなたの跡を継ごうと決め、共に残ろうとしてくれたのですね」
「どうだかなぁ。最近、やたらと父親の俺に口うるさく言うのが玉に瑕ではあるけどよ…」
 かの者の、しわくちゃの頬をふっと緩め、ぶっきらぼうに呟くその表情は、好々爺のよう。
ひと度、深い孤独がもたらす頑丈な檻にとらわれてしまえば、人間は次第に諦めることが
当然になる──胸に抱いていたささやかな希望でさえも、簡単に霞んでいってしまうのだ。
「…手伝ってもいいですか」
「へ? 巫女様が何をおっしゃるかと思えば…」
「お気遣いなく。あなたの邪魔にはなりませんから」
 壁際に積み上げられた失敗作の山から、適当にひとつを取り、それを頭上近くに掲げてみる。
パッと手を離した瞬間、時が止まったかの如く緩慢な動きで、見事に薄茶色の器が散ってゆく。
 けれども、所詮は土と霊骨で形作られたこの身が偽物を砕くなど、どこか滑稽に思えて仕方が
ない。現世とあの世で行き場を失った醜い感情の渦をぶつけるうちに、桔梗に悟ることがあった。
「…まるで弔っているように思えます」
「ん?」
「何食わぬ顔で、ご自分の器を壊されていたゆえ…ご主人は心の痛みさえ感じておられぬのかと
…正直なところ、不審に思っていたのです。どうやら誤解していたようで、私の疑問も解けました」
 ひとつの動作にも無駄を省き、丹精込めて物に向き合う背中を見ていれば、真面目そのもの。
それだけに、割れた器の冷たい音が、人間の上げる甲高い悲鳴のように聞こえたのは、あながち
間違いではなかったようだ。
「本当は──どの茶器も等しく、己が授かりし子供のように、とても愛しいのではないですか」
 粗忽な仕草の中にも、真摯に注ぐ視線の温かさに、傍らで覗いていた桔梗は、やがて気づい
た。埃にまみれ、荒んだ小屋の片隅で。確かにその場所から、父子は唯一無二の物を作り出し
ていた。いくつもの行程を重ね、取捨選択の中で、儀式を行いながら、折り合いをつけてゆく。
「数えたらキリがねぇんですよ、俺が作ったもんの中で、不格好な器がどれだけあるのかと」
 乾いた笑顔のまま、自嘲ぎみに告白してくれるものだから、こちらとしても聞き入ってしま
う。手に職をつけ、何かを生業とした者でさえも、苦い悩みの種を人知れず抱えているのだ。
「どうしたって、この世には無駄な代物が残ってしまうが、一つ一つをじっくり見て、処分する
にも、きちんと責任持ちてぇもんですな。それがせめてもの、古い職人なりの罪滅ぼしかって」
「……そうですか」
 すぐに微笑みを浮かべ、肯定できなかったのは、己を留め置こうとする未練のせいだろうか。
内心騒めく巫女をよそに、谷底の工房の男主人の顔はいつの間にか、清々しさで満ちている。
 なんの因果か、人里離れた田舎の地で、肩寄せ合って細々と暮らす父子の姿に、回顧せずに
はいられない。きっと、生前の自分も妹も、お互いに無理をしながら、頑張っていたのだと。

 訳ありの巫女の分際で、見知らぬ土地で長居するのも潮時かと、自分の口から別れを告げる。
日向の匂いがする白い衣に袖を通すと、夕陽の最後の煌めきが身を包んで、虚しく感じてしまう。
 まだ行ったことのない場所へ、死人の身体を引きずるようにして。この想い尽きるまで、終わ
らぬ旅を。わがままでも叶うならば、もう一度、犬夜叉と会いたかった。八方塞がりの闇の果て
で、あの者だけが唯一の光と信じられた──そんな風に、愚か者の自分が時々、顔を出す。
 川面に映った柳の木の、強い風で頼りなげに揺れる緑の葉に、人間の心の弱さを感じていた。

【後記】▼
原作でいう5巻-6巻のあたり。主に、崖から落ちた桔梗のその後を書いてみました。
最初は私も苦手に思ってた節もあって…その頃の彼女は犬夜叉を憎んでいて、かごめを
疎ましく思っていたりと。実際、命を奪おうとまでする訳だからな…

でも、Twitterで桔梗botを管理していて気づいたこともありまして(・ω・)
愛と憎しみは紙一重というか。桔梗の場合、五十年前の真実を知って恨みはなくなるのですが…
生々しい感情は生前の桔梗にはあまりなかったもので、それも魅力的かなぁと。
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