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「連載物」
かの帝国のお伽話

かの帝国のお伽話 *2

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 心が映す景色はまるで──古びた橋にぽつんと、人間の小娘が取り残され、その下を急激な
速度で川は脈々と流れており、今からそこを渡ろうとするような緊張感に溢れた瞬間だった。
 あれから、十日が経った頃だろうか。殺生丸が楓の村を再び訪れ、りんの元へやって来た。
とうとう、楓の指導で完成させた御伽草子を、殺生丸へ贈ろうとしていた日が今日となったのだ。
 たった一人で石橋を叩いて渡るのは怖く、足場が崩れる恐れがなくても、足が立ちすくむのに
は苦笑した。贈り物を用意したと、殺生丸に告白したはいいものの、その後の言葉が続かない。
 ”大丈夫、橋の向こう側で、恋い慕う殺生丸さまがりんのことを待ってくれているから。何事
も、始めの一歩を踏み出すのには勇気がいる。自由に物語を作って見せたからって嫌われる訳
じゃないし、楽にいけばいい” そう何度か唱えたら、嘘みたいに身体から余計な力が抜けていった。
「……殺生丸さまは字が読めるんですよね。あのっ、読み終わったら感想を教えて…」
「りん。おまえが読んで、私に聞かせてくれるか」
 言われるままに頷き、多少の動揺を見せまいと、りんは深呼吸をして落ち着こうとした。
ひら、と両手に三枚の料紙を持ち、五日の間で作り上げた物語を少女は読み始めた。

『むかしむかし、ある所に殺生丸帝国と呼ばれる国がありました。あらゆる妖怪の上に君臨
する、とても強く優しい西国の犬の大将です。人々は領地で平和に暮らしており、物の怪と
人間が互いの居場所を尊重して住まう、あたたかな国でした。
 ある日、殺生丸さまの元へ、妖怪の役人が一人訪れ、拝謁を許されて宮城に上がりました。
その者曰く、大陸から渡来した貴重な粉薬を、帝にぜひ献上したいとのことでした』
 平仮名でびっしりと埋められた料紙だが、長文を読むのも一苦労なほど、内容が難しい。
『”時を止める砂”との謳い文句の通り、それはさながら不老不死の妙薬ともいわれていて、
大陸では人気を博している代物だといわれていたそうです。お側にいた邪見さまは、いかにも
胡散臭いと役人を下がらせましたが、妃のりんは詳しく聞きたいと思い、身なりをやつして、
城外を探検しようとします』
 どうして物語を想像している時は楽しいのに、人に読み聞かせる時はこれほど緊張するの
だろうか。一生懸命に文面を追いながら、りんは息継ぎをどこでしようかと頭を悩ませた。
『宮中では、お妃が突然いなくなったと、大騒ぎになりました。帝の殺生丸さまは自ら妃を捜し
に行こうとして、母上様の一喝で止められたので、大臣の邪見さまが阿吽を率い、外へ出られ
て。そんな騒動も知らず、妃のりんは村娘の格好になって、行商人の行方をついに突き止めまし
た。妖怪の住処に現れたみずぼらしいお妃の姿に、役人はあっと驚きます。たちまち取引を持ち
掛け、お妃が考えあぐねているところへ、双頭の竜の阿吽のいななきが聞こえてきたのです』
 いよいよ、りんのお気に入りの場面である。自然とその声にも力が入り、メリハリが付いて
きた。
『邪見さまが颯爽と現れ、ひどく妃を叱りつけました。背に乗っけられ、やがて宮中に着いた
りんを待っていたのは、旦那である殺生丸さまのお姿でした。怒りもせず、哀しみもしないその
表情に、りんは初めて自分のとった行動がどれだけ軽率だったのかを悟りました』
 お伽話の題材を、異種族の寿命に絡めた教訓譚にしてはどうかというのは、楓の提案による。
『数日後、宮中の広縁で、役人である妖怪の裁きがありました。帝と妃も同席の中、件の妖怪は
遠国へ島流しの刑に処されることに相成ったのです。帝に取り入ろうと、妻になってまだ日の浅
い妃を惑わし、帝の政を著しく停滞させたとして、重罪の判断を下したのだろうと人伝てには言
われております』
 難解な言い回しに危うく噛みそうになりながらも、りんは持ち前の堂々とした演技力で、終盤
の山場を臨場感たっぷりに読み上げてゆく。
『これでよかったのでしょうか、と問う妃に、帝である殺生丸さまはこう言います。
”確かに、大妖怪と人間の娘の寿命の違いは比べても余りある。理に従えば、人間の小娘である
りんが先に黄泉へ逝き、妖怪の私は現世へ長らく留まったまま、独りきりで余生を過ごすだろ
う。だが、私は──限りある儚き女の命だからこそ、共に夫婦としていられる日々を慈しみ、
最後の瞬間までずっと見守ってやりたいのだ”と』
 勝手なりんの願望とはいえ、殺生丸の気持ちを推察したことに、今さら大丈夫だったか不安を
覚えてしまう。
『帝のお言葉を聞いて、妃のりんは”不老不死の薬は要らない”と思い直しました。これからも、
殺生丸さまのお側に付いて、旦那さまと一緒に、同じ世界を見続けていこうと誓うのでした』
 お終いと結んで、りんはパッと顔を上げると、殺生丸の黄金色の眼がこちらを見つめていた。
見せる前は、話の感想を早く聞きたいと思っていたのに、どうでもいいと感じるのはなぜだろ
う。
 喉が渇くのも忘れ、冒頭から結末まで、りんは畳みかけるようにして、夢中で読み進めた。
配慮してくれたのか、殺生丸も一切の疑問を挟むこともなく、ただ静かに話を傾聴していた。
「おまえが考えたのだろう?」
「は…はい」
「よく、書けている」
 その時──りんの頭上に、天人が舞い降りたかのように優しく、殺生丸の細長い手が置かれ
た。渦を巻いているつむじを眺め、元気よくハネた黒髪を愛おしむ眼差しで、りんの頭を撫でて
くれたのだ。
「ありがとうございます…!」
 他でもない殺生丸に御伽草子を褒められたのはとても嬉しいけれど、何よりも、自分の胸に
秘めていた想いを、この世に一つしかない贈り物として彼へ託せたことが、自信に繋がった。
「この物語、他の者に聞かせてもよいか」
「…邪見さまに?」
 前置きして了解をとろうとするなど、殺生丸らしくもないが、りんの頭に浮かんだのはお馴染
みの家来の姿。もともと、肝心の”殺生丸帝国”の話を考え出した張本人というのが、邪見だった
からかもしれない。
「そうではない。私の…尊敬してやまぬ人だ」
「もちろんです」

 邪見にも聞かせよう、と付け加えた殺生丸の凛々しき横顔は、いつにも増して磨きが掛かって
いて、りんの脳裏にまた、甘酸っぱい記憶として刻まれた。言葉通り、この話を酒の席で披露さ
れたなら、主の側を毎日駆け回る従者はどんな顔をして、某国の続編を言い出すのか楽しみだ。
 それともう一つ。空想にすぎぬお伽話を聞かせたい相手──殺生丸が今もなお憧憬を抱く人と
は、西国を股にかけ、揺るぎなき強さを誇った大妖怪である父なのだと、後に明かしてくれた。
 りんは殺生丸の父上をこの目で見たことも、会ったことさえもないけれど、その方の墓前で
もし、少女と妖の紡ぐ物語が挨拶代わりに読まれたとしたら、なんと光栄なことなのだろうと
思う。

【後記】▼
二次創作でよく見かける殺りんのテーマ──妖怪と人間の小娘の寿命の差。
昨年るみぷち2で購入した御本や、通っている素敵ファンサイト様の作品にも触発されましたね。
アニオリ回の「殺生丸様と永遠に一緒」それを膨らませてみた物語でした。

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