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「読切」
魂の眠る頃

魂の眠る頃

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 慣れ親しんだ環境を離れ、新たな場所に赴くことは、誰だって戸惑うし、恥じらいもする。
今でこそ、犬夜叉と晴れて夫婦になり、楓の村で巫女の修行に日々精進しているかごめだが、
戦国の世で、自分が果たして受け入れてもらえるのかと、初めは言いようのない不安に駆られ
たものだった。
 村で二年目の春を迎えたある日。男の子とその母親が楓への挨拶を済ませ、近くの家に越し
て来た。令(りょう)と名乗る童はとても人懐っこく、初対面のかごめとも真っ先に打ち解けること
ができたのだ。大きな黒い瞳と、猪口を思わせる紅い唇が愛らしい。
 特に人見知りもしないため、放っておいても平気かと思われたが、同じ年頃の子供たちとの
自己紹介の場を前に、饒舌だった坊やは影を潜め、何やらそわそわと身動きも目立ち始めた。 
「大丈夫よ、そんなに緊張しなくて。みんな受け入れてくれるわ、優しいもの」
「…本当?」
 火種がパッと点いた刹那のよう、嬉々として表情をほころばせ、令は口元のえくぼを見せる。
 親子水入らずで、今日はゆっくり過ごせばよいと楓からの助言を受け、令とその母は、日暮れ
を目安に、村巫女の楓の住まいを後にした。

 畑沿いに植えられた桃の低木が淡紅色の花を咲かせ、甘美な匂いを鼻腔にまで香らせている。
今朝 摘んだ薬草を笊に乗せ、側で風に吹かれたかごめは足を止め、ふわりとした髪を耳にかけ
た。いつしか、おなごの黒髪の長さは臍の辺りに達し、後ろで結えるほどにもなり、それだけ
歳月の経過を思う。
「かごめ様」
 名を呼ばれ、かごめが振り向くと、紅梅の色合いの着物を纏った女性が、律儀に会釈して
いた。一見すると、彼女の歳は二十半ばだろうか、若さと経験の両方が染み出ている風にも
受け取れる。
「私、令の母の千恵と申します。あの…ありがとうございます、令のこと気にかけて下さって」
「いいえ。楽しみにしてたんです、私も。どんな子なんだろうって、村でもその噂で持ちきりで」
 子供たちにとっても、新しい仲間が加わることに興味津々だったらしく、関心も高かったよう
だ。彼らには彼らの輪があって、大人であるかごめはあえて邪魔せず、見守ることにしていた。
「あの子、久しぶりに笑っていてホッとしました」
「…何かあったんですか」
 どこか喉元に棘が刺さったような、翳りのある母親の表情に、かごめは理由(わけ)を聞かずには
いられなかった。
「実は昨年に、兄を亡くしていて…。隣村にいられなくなったのは、それが原因かもしれませ
ん。後ろを付いて離れないくらい、令は本当に兄ちゃんに懐いていたんです。けれど亡くなった
ことが未だ信じられないのか、いつか帰って来るんだと言うことを聞かなくて。あちらでは迷惑
をお掛けしてしまい、親子ともども居づらくなって、逃げるように他所の村へ来た…というのが
真相なんです」
「そうだったんですか…」
 所詮は狭い集落で起こり得る出来事だ。周囲に馴染めぬ親子の悲哀が、かごめにも伝わって
きた。村の皆と意志疎通を図るというのは、案外 現代での人付き合いと変わりないのかもしれ
ない。
 やがて陽は西に傾き、伸びる人影も細長くなってゆく。かごめは令を迎えに行こうと、子供
たちのいる欅の大樹の方角へ、帰りがてらに赴いていた。
「令ちゃん、村のみんなとは話せた? これから仲良くやっていけそう?」
「うん! 竹とんぼ貰ったんだ、よく飛んで面白かったぁ。あと”明日も遊ぼ”って言ってくれたの」
 右手で差し出された玩具は、早速できた友達からの贈り物だという。子供の満面の笑みに、
かごめも、ようやく安堵の色を浮かべた。
「そっかぁ。もし困ったことがあれば遠慮なく聞いてね、お姉さんがいつでも相談に乗って
あげるから」
「ありがとー、かごめ様。おいらさ、この村好きになれる気がするよ。巫女様が二人もいるし」
「え? 楓ばあちゃんと…私のことよね。まだ見習いの身だから、頼りになるか分からないけど」
 村の者から”巫女様”と呼ばれることはあれど、正直なところ、自信を持って頷けるほど、大し
た実践も積んではいない。若輩のかごめが言葉を濁したのも、無理からぬことだった。
「どうしたの? 令ちゃん」
「なんだろ…あれ…」
 令の指差した先を仰げば、黄色の球体が春風にゆらり乗って、空に浮遊しているのが見えた。
そういえば何処からか、薄ら寒い気の流れ──つまり、妖気の中心を感じたのはそのせいか。 
 妖怪の名は、タタリモッケ。幼子の幽霊を五・六人引き連れ、楓の村にも立ち寄ったのだろう。
「…兄ちゃん…!」
 最初は不思議そうに、タタリモッケの操る笛のみを見つめていた令が、唐突に声を上げた。
どうやら顔見知りの子が、光る輪のどこかにいたようだ。かごめは令に何も言うことができず、
その日は自宅に送り届け、何事もなく一日が過ぎていった。

 せわしない日常に流され、奇妙な妖怪との遭遇など、かごめの頭から抜け落ちていた時だっ
た。家でのすべき務めも終えて、そろそろ床に就こうと、かごめは夜具を二人分準備した。
 いつもは旦那の犬夜叉と、気の済むまでお喋りをした後で、同じ布団に包まり、互いの熱で
温め合いながら、静かに瞼を閉じていたのだけれど。
 ただ、今宵の外の様子は何か変だった──耳を澄ませば、空気を震わす笛の響きがする。
「犬夜叉は家で待ってて」
「な…」
 脱いだ上衣と、枕元に置いた鉄砕牙を握りしめ、犬夜叉が反射的に飛び出して来た。
「おい、かごめ!」
「なんで付いて来るのよ、私一人で──」
 事情を説明する暇さえ惜しく、つい口調がきつくなってしまう。得体の知れぬ妖と遭遇する
恐怖よりも、今は村の周辺で起きた異変を見に行かなければという気持ちだけが逸っていた。
「バカ言うな。真っ暗にもなって…おまえ一人、村ん中を悠長に調べに行くつもりかよ」
「違うわ、妖怪を退治しに行く訳じゃないの。きっと…この先に霊がいるような気がして」
 あらかじめ護身用にと、かごめが持ち出した弓矢のことが、犬夜叉の懸念としてあるのだろ
う。三年の時を経て、かごめが戦国の世に来てからというもの、一人きりでの不要の外出は
なるべく控えろと彼に言われていることもあり、楓の家と弥勒の家、そして地念児の処にしか
顔を出せてはいない。
 無論、犬夜叉はかごめのことを思って発言しているが、旦那の気遣いも時として、窮屈に感じ
られてしまうのは、こちらの贅沢な悩みなのかもしれない。
「かごめ…おまえこそ、家に戻ってまだ寝てろよ。こんな時間だ、夜も明けてねぇぞ」
「いいの。たまには私にだって、確かめたいことの一つもあるんだから」
 だいたい、そう言う犬夜叉の方こそ、家で帰りを待つかごめを心配させるようなケガを仕事中
に負い、傷の手当てを受けたことが何度かある。少しくらい、自分も外で冒険したって、構わな
いはずだ。
 使命感を帯びたかごめは彼の意に介さず、村の森の奥深い茂みに分け入っていく。
「ったく。危ねぇから、俺が先に行く」
「…ちょっと待ってよ、犬夜叉」
 会話もそこそこに、乗りかかった舟という訳で、犬夜叉が先導役として、かごめの前を行く
ことになった。村の森を抜ける間に、手早く上衣を着て、紐を結ぶなど犬夜叉は身だしなみを
整える。二人を指し示す道標となったのは、タタリモッケの吹く笛の音と、遠くから漂う霊気の
集まりだ。
「あ…見えた」
「前にどこかで見たな…あいつ」
 曖昧な記憶の糸を手繰ろうと、犬夜叉は考えあぐねるが、すぐに思い出せないと見える。
「タタリモッケよ。笛を吹きながら、亡くなった子供の魂を側で慰めてくれる妖怪」
「冥加じじいが言ってたやつか。かごめの国じゃ、危うく悪霊になりかけて、地獄に連れ去られ
そうになったガキを、おめえが間一髪で救い出したこともあったろ。あん時は側にいられなくて
よ、こっちもヒヤヒヤしたぜ…」
 犬夜叉が述懐した出来事とは、かごめと旅を始めて間もない頃、現代で真由という女の子の霊
と遭遇してひと騒動あった件だ。弟の友達の見舞いで、かごめは病院を訪れ、母親と少女の過去
を知るにつけ──ほんのお節介を焼いて、現世に留まっていた子の魂を救ったのである。
「…数日前、この村に新しく入って来た子供がいてね。令ちゃん…その子のお兄さんの魂を、
タタリモッケが連れているのを私も見たのよ。その時はただ、こっちをじっと窺ってただけで…」
 他のあどけない霊に混じり、ふらふらと漂っているのは、賢そうな面差しを湛えた物静かな
霊。整った眉と、ふっくらとした血色のいい唇をした男の子は、どうやら人を捜しているみたいだ。
「確か…タタリモッケってのは、死んだガキが成仏するまで、笛を吹いて見守ってやるのが本来
の役目だったな。普段 人間には全然 害を為さねぇ、変わりもんの妖怪っつうのは覚えてるが」
 二人が近くで噂話をしていても、こちらを見向きもしようとしない。タタリモッケに悪意の
ないことは明らかだ。
「もしかしたら”その時”に間に合うんじゃないかって。だって変じゃない、村にタタリモッケが
わざわざやって来るなんて。まるで──令ちゃん本人へ直接 届くような形で、幽霊が親切にも
私たちに知らせてくれようとしてるみたい」
 こんな風に、神がかった出来事が実際 起こり得るのだろうか。かごめと犬夜叉を立ち会い人に
選び、タタリモッケは表情ひとつ変えず、笛を両手に慰めの旋律をただ紡いでいた。
「おまえ…」
 その時、腐葉土を踏みしめ、後ろから小さな足音が聞こえた。気配に敏い犬夜叉の耳がいち早
く察知する。
「令ちゃん。お母さんはどうしたの。黙って夜中に一人で出歩いちゃ、だめじゃない」
 小高い丘を越えなければ、静謐な竹林の地へは辿り着けない。六つを数える子には酷な道程だ。
「うん。どうしても寝つけなくて…そしたら、あの笛の音がして…導かれるままに歩いたら、
ここへ来たんだ」
「…そう。お兄ちゃん、どこにいるか分かる?」
「あそこ。ほら、木の葉を持ってる子。兄ちゃんはおとうに似て、無口でおとなしかった」
 病に倒れる前は、絵を描くのが好きな子供だったらしい。後ろ髪を束ね、正面を向いている。
「おいら、ちゃんとお別れできなかったんだ。兄ちゃんがふっと息を引き取ったあの時──
おっかぁの久々に喜ぶ顔が見たくて…村の近くにたくさん咲いてた、お花を摘んでいたから」
 身近な者に迫り来る死の足音に堪えきれず、幼き弟は暫し休憩のつもりで、家を離れたと
いう。草花の好きな母を思い出し、密かに励ましてあげようと、綺麗な花を求めて散歩したの
だと。目当ての霞草を一束摘んで、令が勇んで家へ戻ったところに、母の無念の嗚咽を耳に
してしまったと──童の開かれた右手は固く結ばれ、白い花を贈ることもできなかったのだ。
「兄ちゃんの幽霊でもさ、おいら会えて嬉しいのに…どうして悲しいのかな、かごめ様」
「うん……それは…生きてるからよ、私たちが」
 人魂の儚き灯火がポツリ、ポツリと浮かび上がっては、青々とした竹林を橙に染めてゆく。
無邪気な笑い声を高らかに響かせ、稚児は空を悠々と舞っている。まだ生きていたかった、と
未練をぶつけるでもなく、この世を去る瞬間まで、せめて愉しもうと気丈に待つ姿が痛々しい。
「本当はね。明日を迎えるって、当たり前のことなんかじゃないの。おいしい空気を存分に吸っ
て、陽の眩しさに目を瞑りながら、大切な人と一緒に、隣でご飯を食べることだってそう。生き
ていればこそ、感じられることでしょ。幽霊や死人とは”今”を分かち合うことはできない。だけ
ど…令ちゃんのお兄さん、最後のお別れをしようとして来たんじゃないかしら。なんとなく分か
る。ここに、あなたが自分から出向いたのがその証拠。時と時が交わることは、めったにないん
だから」
 子供と同じ目線になろうと、かごめは寄ってしゃがみ、立ちすくむ令の背をさすってやった。
血の通った幼子の力強い生命力が、隣に並んだかごめをハッとさせ、どこか勇気づけてくれる。
 徒然なるまま、心に浮かんだ言の葉の数々が果たして、令自身へ届いたのかは分からない。
「じゃあ…良かったんだ、おいら。兄ちゃんの魂、見送ってあげなきゃ」
 じり、と前足を限りなく近づけ、おそるおそる令が形なき者に触れようと、その腕を遠く伸ば
した。弟のなつかしき姿を認めた亡き兄の幽霊は、頬を忽ち緩ませ、令の右手を握ったのだ。
「…かごめ、タタリモッケの瞳が開いてねぇってことは、あのまんま成仏するってことでいい
のか」
「たぶん。初めて見たわ…あんな風に、タタリモッケが子供たちと仲良く遊んでるところ」
 皆が輪になって囲み、いずれの子も笑顔を弾けさせて、思い思いに戯れを繰り返している。
妖が奏でる魂鎮めの音色は、遥か遠くの天上の世界へと誘う、慈悲深くて温かなものだった。
 兄の霊は片手を上げ、令との挨拶を済ませると、他の群れの霊の輪に加わって離れてゆく。
現世との別れを名残惜しむかのように、寄る辺なき光が四方に舞い、その影が宵闇にと呑まれ
ていった。
「……戻りましょ、令ちゃん。お母さんが心配してるわ」
「はーい。一緒にいてくれてありがとう、かごめ様……あと、赤い犬の兄ちゃん」
 途中から、令はかごめの隣にいる犬夜叉にも気づいていたのか、付け足して礼を言った。
「ふふ。犬夜叉っていうの。村で見かけることがあるだろうから、覚えとくといいわ」
「おめーだったか、村に越して来た新入りのガキってのはよ。…令、宜しくな」
 嫁から紹介され、ぶつぶつ文句を垂れながらも、犬夜叉は照れ隠しにやり返すのを忘れて
はいなかった。
「たたた……ほっぺ、つねらないでってば〰!」
 頬をへこませると弾むのが鞠玉のようで面白いのか、調子に乗って令をいじり出す始末だ。
「こらっ、犬夜叉! 何すんのよ、おすわりっ」
 瞬時に地響きがして、側にあった竹の葉が余韻のように揺れている。犬夜叉はすっかり、お馴
染みの四つん這いの格好だ。活きのいい半妖の少年を黙らす言霊の威力は凄まじいもので、可笑
しい光景に、令は釘付けだった。
「かごめ様って…巫女様…なんだよね?」
 地に突っ伏した彼を愛おしく眺めていたら、かごめを覗き込むようにして、令がぼそり呟いた。
「ええ…」
「巫女って神様に仕える身って聞いたよ、一生 独りを通すのが普通じゃないんだっけ」
 村巫女として、独り身である楓を念頭に置いての問いなのだろうか。子供ながらも、鋭い質問
だ。神職を担う巫女の大半は未婚の女だったとも聞くが、厳密には定め等も特にないらしい。
 婚姻にまつわる真偽はともかく、自分が巫女の器に相応しいか今ひとつ自信が持てずにいた
かごめには──犬夜叉と同じ時代で生きることを決めたから、巫女として働いているとしか結論
を出せなかった。それが心からの答えであり、夫婦でいることを自然と選んだ経緯でもあったの
だけれど。
「どうでもいーだろ、そんな細けぇこと。よく聞いとけ。俺の役目はな、かごめを命懸けで守る
ことなんでい。文句あるかっ」
 即答できずに呆然としていたら、嫁を困らせる小さな悪童へ、犬夜叉の一喝がピシャッと飛ん
だ。口調がきつく感じられないのは、飾らぬ本心を堂々と子供相手に吐露しているからだろう。
「ううん。かごめ様って、旦那様によほど愛されてるんだね」
「そうみたい…」
 決して多くを語らず、それでいて、不器用なまでにかごめを想い続け、井戸の向こうで待って
いてくれた人。今、こうして二人が一緒にいられることの奇蹟を、かごめは日々 胸に刻んでいる。

 一夜のささやかな冒険は過ぎ、未明の夜の空気は相変わらず、生暖かさを含んで物足りない。
樹上の梟の、呑気な鳴き声だけが響き渡り、一組の夫婦らの帰りを今かと告げているかのようだ。
 歩き疲れた幼子を労ってか、犬夜叉が己の肩を枕として貸すと、令はやがて深い眠りへと
就いた。その寝顔を我が子の如く見守る犬夜叉の意外な一面に、旦那の未来の理想像をふと
重ね合わせて──わずかな月灯りの下、澄み切った竹藪をかごめは共に歩いてゆくのだった。

【後記】▼
長めの読切ですみません。完結後の犬かご夫婦モノでした。
タタリモッケの話は、原作でも忘れられないエピソードで、当時もよく覚えていたかなぁ…

ところどころ「境界のRINNE」に通じる物語(?)なのはご勘弁をw
こういう場面考えていると…やっぱり犬夜叉がパパになる日もあるのかも…と思わずには
いられないような。こんな犬かご夫婦が大好きです、私は。
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