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「連載物」
縄張り

縄張り *1

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 物寂しく乾いた夜風が、一匹狼の男のうなじをそっと撫でてゆく。絡み合う心の糸は解けぬ
まま。綺麗な月がハッキリと拝めそうなほど、今日の空は雲ひとつなく、晴れ渡っていた。
 住処としている丘から覗ける景色は、真っ直ぐな放物線を描いて、仲睦まじく巣へ帰る鳥たち
の群れ。一杯に吸い込んだ空気に入り混じるのは、側で咲き誇ろうとする、金木犀の甘い匂い。
 直に秋を迎え、妖狼族の若頭である鋼牙の周りでは、些細な事件が起ころうとしていた。
口笛を合図に、六人をさも子分のように我が物顔で連れ歩く者を見かね、鋼牙は音も立てずに、
背後へ近づく。
「なーにコソコソしてんだ? 狩りの時間でもねぇのに、どこへ行く」
「わ、若頭の兄貴」
 首根っこを素早く掴み、慣れた仕草で下っ端の不審な動きを封じると、妖しい笑みをこぼす。
鋼牙に迫られた当の本人は、すっかり萎縮してしまったようで、いとも容易く口を割っていた。
「黙っててすまねぇっ。俺ら、これから温泉に行くだけなんだ、見逃してくれよ…!」
「温泉だあ? てめえら、そんな趣味でもあったのかよ。普段の水浴びで十分だろ?」
「それが気持ちいいのなんのって。肌も潤ってきたみてぇだし、日頃の狩りで汚れちまった身体
も清潔になるし、一石二鳥なんすよ」
「女じゃあるまいし…野郎が揃いも揃って、温泉通いなんぞ聞いて呆れるぜ」
 徒党を組み、よからぬ儲け話でも企んでいるのかと疑っていたが、それは鋼牙の杞憂だった。
このところ、仲間たちの気分がたるんでいるように思えたのは、単に平和ボケが過ぎたゆえの
ようだ。
「そういや、鋼牙の兄貴。温泉の話といやぁ、妙な噂で持ちきりでして」
 やたら図体の大きな男が前に進み出ると、片膝立ちして陣取り、鋼牙の逃げ道を塞いだ。
茶色の髪を無造作に後ろで刈り上げて固め、右手の人差し指には、髑髏を模った指輪が覗く。
「おいらたちが湯から上がって、出ようとしたその時だ。入れ違いざま、二人組の男と女が
仲良さげに来まして、一緒に湯に入っていきやしたぜ。この近くじゃあ、見ねぇ顔だったな」
「…へえ。そりゃ、どっかの村の人間どもだろ? 人里から離れた秘湯を求めに来たか」
 古今東西、噂の真偽を己で確かめんとする物好きな客もいたのである。時間と暇があれば、
気の向くまま、足を伸ばして散策しては、彼らはそれぞれの癒しを満たしているのだろう。
「俺らには分かりゃしねぇんだが…幸い、やつらの顔はこの目で見てきたんで安心して下せぇ。
女の格好はよ、巫女みてぇな服着てたな。弓矢携えて、顔は可愛いナリしてたが、案外あなど
れねぇかもしれねぇ。あと、男の方は体つきが良くて、大振りの刀を腰に差してたぜ。それと、
犬のちっちゃな耳が頭に付いてやがった。ありゃ、たぶん化け犬の一種だと思うんですがな」
 親切に振りまかれた、餌という名の情報のお陰で、男が何を言いたいのかも把握できていた。
話の中で、その相手が鋼牙の顔見知りだということも察しがついたが、奇妙な腐れ縁は続く。
「巫女に化け犬の男が、一緒の湯船に…おかしなことですが、ここ最近、毎日通ってるようで」
「おい、そいつらって──」
「とにかく。おまえら、その二人──特に女の方に、変な手出しはしてねぇだろうな?」
 事情をよく知る白角と銀太を眼圧で制しながら、懸念を払拭しようと躍起になってしまう。
随分前から、かごめに想いを寄せていたのを知られでもしたら、立場上は鋼牙に気を遣って
いても、好奇の目で人間の小娘を窺い、口うるさく詮索されないとも限らない。
「する訳ねぇでしょう。おいらたちも、若頭への報告抜きで行動するほど、バカじゃねぇんで」
「…おめえら、俺に隠れてなんか企んでんだろ?」
 それにしても、他の仲間の言葉の端々に滲む棘の絡まり合いに、鋼牙は苛立ちを露わにする。
誰が出湯に行こうと別に関心はないものの、自分の頭越しで話が決まってゆくのは気分が悪い。
「若頭には謝ります。けど、おいらたちの骨休めの場所くれぇ、自分たちで探して、入り浸って
もいーじゃないっすか。全然 迷惑を掛けた覚えもねぇのに、縄張り荒らすとか、ひどかねぇです
か」
「バカ野郎、誰がてめえらの縄張りを荒らすと言った。そうじゃねぇ、二人組のことだ。ひょっ
とすると…その温泉通いが続くのかもしれねぇ。万が一、鉢合わせでもすりゃ、どうすんだ!?」
「人間どものことは、俺らが始末しやす。睨み効かせてやつらを追い払うことくれぇ、妖狼族の
端くれには造作もねぇことだ。若頭も、そこんとこはよーく分かってんじゃありやせんか?」
 確実に痛いところを突かれ、悔しげに黙るのは情けない。色黒の灼けた素肌が一瞬、歪む。
鋼牙とて、揉め事を表立って問題にしたくはないが、複雑な関係性を説明するのも面倒だった。
「……認めねぇよ。一族を取り仕切っているのは、この俺だ。てめえら、簡単に二人を追い払う
とかぬかしたが、逆に返り討ちにでも遭ったらどうすんだ? ただでさえ、他所のやつらに自慢
できるほど、腕っぷしも強くねぇだろが。なんなら、俺が一日張り込んで、様子を見て来てやる
ぜ。場合によっちゃ、諦めて他の温泉を見つけてやってきたっていい」
「…一応 聞いとくが、鋼牙の兄貴が、俺らの通う温泉を独り占めなさる気ではないんですな?」
「あったりめぇだ。そんっなに俺が心の狭い男に見えるかってんだ、グチグチ文句言いやがっ
て。あ〰この話は終いだ。これ以上、おめえらが蒸し返すんなら、容赦しねぇよ。いいな!?」
 両拳の関節をバキリと鳴らし、狼の未来の長となる者は、虫の居所が良くないことを匂わす。
後方に位置する裏山で何ゆえか騒ぐ烏の不快な鳴き声が、迫り来る日没の時を告げていた。
「…仕方ねぇ、若頭の言う通りにすっか」
「はい」
 うなだれて肩を落とし、背中を丸めた子分が男に連れられ、塒(ねぐら)の奥へと皆で去っていく。
残された鋼牙は忌々しくその様子を暫し見つめていたが、やがて考えるのを諦め、しゃがみ込
む。白角と銀太の心配そうな視線をよそに、足元に座す野生の狼がくぅんと、主の右足の甲を
舐めた。

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