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「連載物」
縄張り

縄張り *2

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 路面に溢れる大量の落ち葉の彩りは、道行く人に散々踏みしめられ、忽ち色褪せてゆく。
赤い絨毯を物珍しそうに眺めながら、かごめは隣で無邪気にはしゃいで、笑いかけている。
その眩しさが、胸を突いて離れないのだ。温もりにひと度触れてしまえば、何もかも許され
ているかのような、あたたかな感情が湧き上がって来る。救いを求む餓鬼の如く、いつしか
かごめの絶え間ない優しさに溺れてしまいそうで、犬夜叉の複雑な心は、微妙に乱れていた。
「そういえば…あんたが三日間 家を空けて隣村へ行ってたから、五日ぶりか。楽しみね、温泉」
「まあな。身体動かした分、綺麗さっぱりしてぇしな。あとは道すがら、紅葉狩りもできるだろ」
 二人がこれから向かう場所は、ひと月前に仕事先の近くの茶屋で得た、評判の秘湯の地だ。
推測するに、楓の村を西に一里行くと、自然が生み出した窪みで形成された湯があるのだと。
「何よ、私が側にいなくてもちっとも寂しくなかった、みたいな顔しちゃって。ちゃんと眠れた?」
「ばーか。熟睡できなかったくれぇで参るほどヤワじゃねぇよ。けどな、かごめがいねぇから、
どうにもくつろげなかったぜ。弥勒は弥勒で、珊瑚に会えねぇと愚痴こぼしやがって。嫁に会え
ねぇのはお互い様だってのに、あいつは我慢ってのが足んねぇんだ。ホントは俺だって…」
「ふふ。いいわ、犬夜叉。せっかくだから、背中も流してあげる。かゆいとこも全部任せてよ」
「…それくらい一人で……いや、おめえにやってもらうとすっか…」
 不意にかけられた言葉に戸惑えば、かごめの掌の上で転がされ、いつの間にか甘えてしまう。
早くも、頬を染めた犬夜叉を象徴するかのように、所狭しと鮮やかな紅葉が辺りを舞うのだった。

 せわしない一日の始まり、めくるめく朝を迎え、あっという間に各々の仕事をこなせば、疲れ
た身体を置き去りにして、悪戯めいた夜の空がこちらを見ている。お互いに今日も頑張ったと、
笑顔を交わし、まだ会ったことのない明日を夢見る。かごめの寝顔を眺めて、眠りにつく幸せな
日々。
 思えば、かごめという娘は、こちらが予期しない瞬間に、思ったことを自由に言う人である。
決まって、本人には悪気は一切ないので、犬夜叉の方がいつも面食らう羽目になってしまう。
「そうだ。いつか私、馬に乗ってみたいんだ。ほら、楓ばあちゃん乗れるでしょ? あと…桔梗も」
「あー…そりゃ構わねぇけど。一人でやろうとすんなよ? 不慣れなまま、落馬でもされたら困る」
「失礼ね。私だって、前もって練習くらいはするわ。まずは馬と仲良くなって、慣れてきた頃
に、遠くまで散歩できたらいいかな。根気よくやれば絶対できると思うの、弓矢だって、最初は
ゼロからの挑戦だったし」
 こうして、旦那に茶化されても、負けじと受け流すかごめの逞しさには、拍手してやりたい。
人が前向きに努力しようとするのを否と言う訳にいかず、従って、犬夜叉の言葉にも力がない。
「おめえは頑張り屋だからな。どうしてもってんなら、俺は止めねぇし、応援してやらぁ。
ただ」
「え?」
「上達しようって、無理して焦ることはねぇんだぞ。村の巫女が必ず、馬に乗らなきゃならねぇ
掟があるとは誰も言ってねぇ。かごめ、村の暮らしに馴染もうとするのはいいが、俺はおまえが
側にいて、日々を共にしてくれるだけで十分だ。それに…また変な乗り物が必要なのか?」
 頑丈な金属に身を包み、車輪を二つ付けたそれは、カラリと乾いた音を立てて、揺れ動く。
出会って間もない当初、母親の知り合いからのお下がりを貰ったと、かごめは当時言っていた。
現代に来たある日、自転車をいじるうちに弾みで壊してしまい、罪悪感が胸を占拠したものだ。
「なぁに、もしかして…犬夜叉、自転車のこと、思い出してたの?」
「ああ。妙な機械手懐けて、走り回ってただろ。あの”てつのくるま”、俺には乗りこなせなかっ
た」
「そうだった、なつかしい──大丈夫よ、あんたのことは頼りにしてる。犬夜叉のおんぶには
負けるもん。風を切って進む自転車も、軽やかな足音で走る馬もいいけど、どれも敵わない」
「かごめ…」
 瞳を閉じてそっと呟かれた真意に、かごめの揺るぎなき信頼が見え隠れして、何か誇らしく
なる。互いの”一番”は、自分が愛する人だということ。これだけは、どんなに歳月を経ようと
も、変わらぬ真実。たった数日の間でさえ、かごめの温もりに焦がれていたことを、今さら痛
感したのだ。

 各々が歩き始めて、小半時を過ぎた頃だろうか。足元で、ススキの穂が優しく揺れている。
犬夜叉たちの影も徐々に細長くなり、その場の上空は、橙と濃紺の空間に包まれてゆく。
 嫁と他愛もない会話で、すっかり緩んでいた緊張の糸が、訳もなくまた結び直されたのは、
奥深くに眠る、犬夜叉の野性の本能が働いたゆえだ。ここから先は、俺一人で行け、と。
「…気に食わねぇ」
「何が?」
「匂いだよ。この道を真っ直ぐ行きゃあ、やがて温泉の湧く、凸凹だらけの岩場が見える。
いつもなら、他の人間の匂いも混じってるってのに、今日だけはさっぱり消されて、まるで
別の誰かが占拠してたみてぇに、胸糞悪ぃ空気がそこらじゅうに漂ってやがんだ」
 遠く残ったのは、微かにむせ返りそうな土埃と、抜け落ちた体毛から発せられる、異質な
妖怪の生息の証拠。わざと、謎解きの助けが現場近くに置いてあるのも逆に怪しい。
「ふーん? 私には前に来た時と変わらず、同じに見えるけどなぁ」
「微かな違いだ。おめえが気づかなくても無理はねぇ」
 どこでも、見知らぬ土地に警戒を怠った覚えはなく、何度か通った場所でさえ、例外はない。
特に、他の者たちの出入りもある温泉なら、後を付けられていないかなど、心配事は山のよう
だ。
「ねぇ、犬夜叉。犬夜叉ったら」
「…どうした」
「あんたこそ、さっきから変よ。一言も喋らないで、早足で先へ行こうとするじゃない」
 改めて思うが、かごめの勘の鋭さには舌を巻くしかない。彼女の前で隠し事など、通用し
ないのが常であり、犬夜叉も理解しているはずなのだが、ついつい、ボロが出てしまう。
「そんなことねーだろ、これでもゆっくり歩いてらぁ」
「はいはい。放っといて欲しいのね、分かったわよ」
 どんなに素っ気なく答えても、お見通しと言うばかりに、かごめは微笑んで許そうとする。
その度に、申し訳なさが襲ってくるものの、一瞬にして真綿で包まれたように、心満たされ
そうになるのだ。
「かごめ」
 だが、逸る気持ちはどうにも止められない。前へ進めば進むほど、苛立ちが募っていく。
部外者にかごめとの愉しみを邪魔されるくらいなら、この上は、相手を迎え撃つ覚悟だ。
「どうやら、俺の鼻は間違ってなかったようだぜ。久々に──きな臭ぇ予感がしやがる」
「え…!? どういうこと、それ……って犬夜叉、待ちなさいよ、勝手に行かないで…!」
 聞く耳持たず、一目散に木陰へ飛び出すと、犬夜叉は本腰を入れて、加速していく。
対象は案外、自分の近くにいる。感覚を研ぎ澄ませば、その仲間も同じ道を辿っている。
 背丈以上の大木の隙間を縫うように、獲物を追おうとする動きが一層、勢いを増す。
秋風の涼しさとは裏腹に、いつの間にか、犬夜叉の額から一筋の汗が滴り落ちていた。

 長い間、道々を移動しているうちに日が暮れて、周囲の景色は、闇夜と化していた。
かごめに誘われ、始まった出湯の習慣も、やっと定着してきた頃だったので、諦めたくは
ないのだ。早いところ、厄介者を懲らしめた後は、ゆっくり二人だけで、夫婦の時間を過ご
したかった。
「…野郎、待ち伏せしてやがるか」
 面白い。歯車が噛み合わぬが如く、なぜか不愉快な心地にさせるのは、相変わらず。
迷惑な話だが、妖狼族の若頭からは今のところ、さして何も敵意を感じてはいなかった。
 三年ぶりに、かごめが戦国へ戻って来た件は伝えておらず、再会にあたって、それを伝え
るのにはいい機会かもしれない。やつのことだ、手放しに喜ぶのが容易に想像できるが、
気安く触られでもしたら、こちらの気が狂ってしまいそうだ。

 湯煙が立ち込める中、偶然にも──犬夜叉は、鋼牙と因縁めいた出会いを交わした。

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