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「連載物」
縄張り

縄張り *3

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 あどけなさの残る、透き通った瞳がぶつかり合い、静かな火花を四方に散らせてゆく。
宿敵が結びつかせた、妙な腐れ縁はしぶとく続き、こうして歳月を経ても、鮮明な思い出を
犬夜叉にもたらしている。
 隆々とした筋肉を惜しげもなく晒して、固く腕組みをしながら、男は真っ直ぐに対峙する。
同じ歳月を経たとはいえ、三年ぶりに出会った鋼牙の漢ぶりは、さらに磨きがかかっていた。
「しばらく会わねぇうちに、噂じゃあ、人間の暮らしに十分馴染んだらしいな。犬っころよぉ」
「ふっ…痩せ狼、なんでこんなとこにいやがる。妖狼族の群れからは離れてんだろーが」
「聞きてぇか。俺らの仲間が贔屓にしてんだとさ、この温泉をな。俺はその見張りって訳だ」
 きっかけとは単純すぎて呆気ないもので、絵に描いた奇跡など、仕組まれた物語の如き話。
仲間内の目撃情報によれば、親密そうな男女の二人組がここ最近、温泉に通っていて、幾度も
すれ違っているのだという。他を寄せ付けぬ習性の狼たちには、気になって仕方ないのだろう。
「笑わせるぜ。どっかで嗅ぎ付けた話頼りにして、わざわざ俺の先回りまでするなんぞ、手の
込んだことしてくれんじゃねぇか。そんなに俺とかごめの邪魔をしてぇってか?」
「……バカな口叩くな、犬っころ。誰がてめえらの間に割って入ろうっつった!?」
 見え透いた嘲笑が気に障ったか、鋼牙が鋭い先制の拳を突き出すものだから、犬夜叉もとっさ
にかわして避ける。乱れた緋色の衣の衿を正し、澄ました顔で、軸足を左に曲げて、見上げた。
「あのな、俺だって無意味な争いしたくて言ってんじゃねぇよ。直に俺を追いかけて、かごめが
ここに来る。その前に、俺の元から立ち去ってくれねーか、鋼牙。なんなら、おめえがいたこと
も黙っといてやるし、なんとでもごまかしは効く」
「どういう意味だ…? 犬っころ」
 惚れた女のためなら、自分が引くのも厭わず、相手が振り向いてくれるまで一直線に想い続け
ていた件は、かごめの側にいた犬夜叉には嫌と言うほどに分かっていること。それゆえに、再び
鋼牙がかごめと会えば厄介だろうし、一度閉じた感情の蓋を開けてしまうのでは、と気を揉んで
いたのだ。
「はぁ…はぁ……姐さんの足も心なしか速くなってねぇかな…」
「ったく、鋼牙のやつ、手加減しねぇんだから……げっ、ありゃ犬夜叉か…!?」
「あ!いた! ねぇ、犬夜叉〰〰!」
 だが、時すでに遅し。後ろから荒っぽい息遣いと、地面を大きく鳴らす足音が聞こえて来た。
途中で白角や銀太と合流したのか、二人分の荷を抱え、かごめは息を切らし、こちらへ走る。
「──かごめ!」
 忽ち、蒼緑の眼が吸い寄せられるようにして、あてもない方向へ動き、向こうを凝視し始め
る。木陰から、ひょっこりと顔を出した巫女装束の小娘に、若頭の魂までも浮遊するかという
有様。奈落を追う旅の途中での別れが昨日のことのようで、思わぬ再会に、当のかごめも暫し
見とれては立ち尽くしていた。
「こ、鋼牙くん……本当に久しぶり」
「ああ。元気にしてたか、かごめ……その姿見るまでは、風の便りだけじゃ物足りねぇって
思ってたんだ。良かったぜ、こうしてまた…おまえと会って話ができる。かごめの匂いだ」
 大胆にも、かごめの華奢な肩に触れ、顔を近づけて笑みを交わしているが──誰の目の前で、
こんな風に好き勝手してくれているのだ。そう思うと、鋼牙のことが無性に腹立たしい。
「……何しやがる」
「そりゃ、こっちのセリフでい。やい痩せ狼、久々の再会にかこつけて、やってることが全部
大げさで厚かましいんだよ。俺のかごめにちょっかい出すんじゃねぇ!」
「ああ!? 犬っころ、てめえな……言うんじゃねぇよ、一人きりじゃ、かごめを守りきれなかった
くせに。七宝から子細は聞いたぜ? 井戸が閉じて、てめえらが三年の間、離ればなれになった
こともな。その間、法師や退治屋たちの世話になってたことも。一人でいきがるのもたいがいに
しやがれ!」
 鋼牙とかごめの間に割って入り、旦那の面子を保とうとした刹那、まさかの説教とは呆れる。
相手にも言い分はあるらしく、かごめが戦国の世にいなかった件を察し、皆の近況を時々集めて
いたのだ。鋼牙にしたら、自分が戦いから降りた手前、その後で二人が散り散りになってしまっ
た現実に複雑な想いを抱えていても、何らおかしくはない。
「あのー…二人とも、いい加減にしてって。犬夜叉、妬いてくれてるのは分かったから…」
「妬いてなんかねぇっ!」
「やっぱ、鋼牙と犬夜叉って、ホント似た者同士だよなぁ」
「ええ、困ったことに」
 かごめは朗らかに頷き、苦笑いを漏らす。その響きは心地良いもので、場の空気を和んだもの
にさせてくれる。先頃か、ひどく湿気を含んだ生ぬるい風が、犬夜叉の銀髪を揺らし、汗ばんだ
肌に絡み合う。滾々(こんこん)と湧き続ける湯の清らかな音だけが、辺りを静かに包んでいた。
「で? ここから退けと、そう言いに来たんだろ? その、くだらねぇ縄張りを守るためにな」
「あーあ、そーゆー言い方しちゃあ……」
「おー。今、確実に鋼牙の癇に障ったろ」
 声をなるべく潜めながら、犬夜叉の失言を暗にたしなめる口調で、連れ合いが濁した。
犬夜叉は特に気にも留めなかったが、要領を得たかごめが何事か感じ、皆の顔色を窺う。
「分かるように教えて。どういうこと?鋼牙くん。偶然、私たちと会ったんじゃないの?」
「悪いな、かごめ。妖狼族の一部の連中がな、ここを気に入っちまって。やつらがしきりに
言っていた、二人組の連れのことがよ…おまえらなんじゃねーかと、俺は噂の真偽を確かめ
に来たんだ。こんなの、褒められた話じゃねぇよな。なりゆきとはいえ、気分よくねぇし」
 申し訳ないとばかり、鋼牙は首筋を爪で引っ掻き、待ち伏せした言い訳を呟いた。
多少でも、反省の色が見受けられたのは意外だったが、ここで許すなどあり得ないだろう。
「ううん。そっか、鋼牙くんたちの仲間も、ここに通ってたのね」
「誤解のねぇように言っときますが、かごめ姐さん…」
「俺ら、別に姐さんの邪魔をしたくて来た訳じゃなくて、その…あくまでも建前ってやつっす。
ほら──鋼牙は一族の若頭だから、他のやつらの勝手な振舞いを諌めようとして、表に出てる
だけなんすよ」
 代弁者曰く、自分の手下が骨休めの場を独占しようと躍起になっていたのを、鋼牙は放って
おく訳にいかなかったそうだ。たとえ、仲間内で微妙な空気が流れ、自ら印象を悪くしたとして
も、かごめに指一本触れさせることだけは、是が非でも回避したかったのだという。
「そういうこった。巫女の格好のかごめに変な興味を持つ輩もいねぇとは限らねぇし、あいつら
妙に浮足立ってたんだ。この先、おまえらと連中が接触する機会もあるかもしれねぇだろが。
この俺が、そこまで責任持たねぇといけねぇ。だから──迷惑も承知で、会いに来たんだ」
「イマイチ話が見えてこねぇんだが……鋼牙てめえ、いったい何考えてやがる?」
「さあな。頭の固ぇ犬っころには一生分かんねーだろーよ」
 肝心な核心と答えは、本人にだけ届いていればいい。多くを語る必要は、この際ないのだと。
事実、のけ者扱いの犬夜叉をよそに、鋼牙の熱い視線は相変わらず、かごめに向いている。
「じゃあな、かごめ。ゆっくりしてけよ、俺がここに来ることは二度とねぇ。また会おうぜ」
「鋼牙くん…もう行っちゃうの!? 良かったら、これから一緒に……なんて冗談でも嫌よね」
「はっ、野郎と混浴だけは御免被るぜ。かごめとなら、いつでも歓迎だからな、俺は」
 惚れた女のことになれば、冗談と本気の境目など、鋼牙には存在しないのかもしれない。
唖然と見つめるかごめの表情を窺っていると、側にいた犬夜叉も不安になってしまう。
「何ふざけた言葉吐いてんだ、てめえは〰!!」
 とてもじゃないが、鋼牙を一発殴らなければ、自分の気も済まない。一人だけ格好つけて、
何がしたかったのか。かごめに会うためだけなら、別に今を選ばなくても、できたはずだ。
もっとも、痩せ狼のくだらぬ告白に心傾けるほど、かごめの想いは浅くもないだろうけれど。
 感情に突き動かされ、必死の形相で吠えると、犬夜叉の振り翳した右手が虚空を彷徨う。
結局、恨めしげに拳を岩場に叩きつけるしかないのか。全く、逃げ足の速いやつめ。
 鋼牙は一瞬の隙を突いて、白角と銀太を連れ、軽々と野原を駆けて、遠くに去って行った。

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