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「連載物」
縄張り

縄張り *4

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 かつての恋敵(てき)は去った。ほぅと息をついて、互いは着物の紐を緩め、両足を湯に滑らせる。
 知らずに緊張していた筋肉も次第に解れていき、夫婦同士、至福のひと時を今から味わえるの
だと、夢見心地もつかの間。突如 噴出した争いの火種が一時収まって見えたのは思い過ごしの
ようで、こちらの読みがまだ甘いのだろう。
 細長く角張った己の手の甲をひと舐めすると、犬夜叉は後ろの岩肌に証として、擦りつけた。
「なぁに、それ」
「あん?」
 かごめに指摘されるまで、何ら不審に感じなかったのだから、可笑しくて吹き出してしまう。
気に食わぬ匂いをかき消すため、自分の唾液をその辺に付けて、存在を顕示するのは犬の習性
だが、未だ彼にも野性の勘が色濃く残っているなど、何やら不思議で愛おしい想いが込み上げる。
「もう誰も邪魔しに来ないわ。あのね…変に意識してるの、見え見えよ」
「ばっ……鋼牙の野郎のことなんざ、俺はひとかけらも気にしてねぇぞ」
「本当に? 分かりやすいんだから、犬夜叉ったら」
 からかうつもりはないけれど、真っ直ぐで壊れそうなほどの旦那からの愛情を独り占めしたく
なるのだ。微笑みを浮かべながら、かごめは赤く染まる犬夜叉の頬をツン、と人差し指で突いて
愉しむ。
 何処か、遠くにあった紅葉の青い葉たちがふわり漂い、温泉に落ちて綺麗な色合いを添えていた。

 暫し無言のまま、どれだけの時が過ぎただろう。皮膚を焦がすように熱く感じた湯舟も、秋の
風でぬるくなって、程良い気分にさせてくれる。あと少し浸かっていたい、たまには長風呂も悪
くないと感じていたところで、隣の犬夜叉が堪えられぬという様子で頭を振り、背中を向けて立
ち上がった。
「ね〰、犬夜叉。もう上がるの? 早いんじゃない、まだあったまってないでしょ──」
「……おめーはゆっくり入っとけ」
 のぼせたのか、肩で大きく息をして、前髪は額に張りついている辺り、汗の量も尋常ではない
ようだ。さすがに心配したくなったが、同時に湧き上がるのは裏腹に、わがままな願望とやり場
のない苛立ち。二人揃っての遠出自体も機会が少ないのに、三日ぶりの犬夜叉との湯浴みが
こんなものとは、あまりに寂しい。
 雫がこぼれ落ちるのも厭わず、派手に音を立てたかごめは後ろで潜む彼をキッと睨むと、一直
線に向かっていく。
「どーした、かごめ……っておま、その格好やめろっ、誰が隠れてんのかも分かんねぇんだ
ぞ…!!」
「ええ、どうぞ勝手にして。私の匂い、これなら遮るものもないと思うから……ね」
「ばーか、風邪ひいたらどうすんだよ。俺の衣でも被ってろ、すぐに済ませてやらぁ」
「…あんたのために言ってんのよ。こうでもしなきゃ、ヤキモチ屋の気分が収まんないから」
「誰が妬いたって? あ?」
「も〰うるさいっ」
 肝心の着替えも十分にさせずに、口を塞ごうとして、かごめは捨て身で犬夜叉の唇に触れた。
はだけた白い衣から覗いて見えた、鍛えられた屈強な肉体は見事で、何ゆえか目移りしてしまう。
 大胆な行為が功を奏したならば、それは嬉しい。犬夜叉は濡れたかごめの身体をぎゅっと抱き
しめ、吐息交じりで「すまねぇ」と囁いたのだ。その一言だけで、もう何も要らないと思えた。
 それにしても、好きな女(ひと)の匂いで一杯になった途端、顔色が良くなったらしく、犬夜叉の中
でも余計な照れが頭をもたげ、心を悩ませているように見える。時差が訪れた結果、丸裸のかご
めを気遣ってか、慌てて火鼠の衣を探して、バッと被せてくれた。
 そうやって、形だけでも服を着させていちゃつくなど、変にくすぐったい優しさが時に笑いた
くなる。彼は慣れた仕草で、まずはかごめの耳の後ろをじっとりと舐め、うなじを触って唯一の
匂いを嗅ぐのだ。恋人のように、手を取って絡め合えば、かごめよりも熱い彼の生の温もりが直
に伝わって、切なくもなる。
 一番 近くにいてもなお、どうしようもない不安に襲われる瞬間(とき)はただ、瞼を閉じて深呼吸してみることにした。きっと大丈夫、ため息を吐いたその後で、犬夜叉が必ず気づいてくれるから。

【後記】▼
前に一度、鋼牙と七宝、琥珀の再会は書いたことがありましたね。
その時はそれで満足していたんですが、犬かごの御本を読んでいたら、胸がきゅんとなる
お話があったんですよ。やっぱりね、鋼牙はかごめと再び会うべきだ、って。

ときめきとは無縁の始まり方ですみません(笑)
仲間意識の強い妖狼族のことなので、独り占めとかそういうケンカもありそうでしょう?
後はみんなで仲良くやってくれ!と。遅めの犬か鋼を小説で書けて良かった。
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