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企画

恋愛相談室【境界のRINNE】

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 クラスでは常に成績も優秀、もちろん、毎日の授業をサボったことなんて、ただの一度もない。
それが自分の中の”普通”であって、学生の本分ゆえに当たり前という認識さえ持っていたと、今に
なって振り返ってみれば、しみじみ思う。
 「あの子は優等生だから」と周囲から煙たがられても、どんなに陰で存在を疎まれようと、孤独
感に苛まれた覚えはなかった。勉強だけが、れんげの心を救う味方であり、皆よりも頭がいいこと
が、彼女の数少ない取り柄だったから。

 訳あって──堕魔死神の稼業に手を染めている女子・四魔れんげが、この世の人間の高校に
通い出して、ひと月が経った頃だろうか。
 社長の息子である六道りんね──彼は死神として、自らの良心に従い、本来の目的から逸脱した
存在の堕魔死神をひどく嫌っている──の邪魔が入るようになってからというもの、寿命の残った
人間をあの世へと誘い込む通常業務がやりづらくなったのは事実。
 4限のチャイムが鳴り、今頃は男女に分かれて、体育館で授業を行っているところだろうか。
一人だけ制服姿のまま、れんげは俯いて1階にある保健室へと向かおうとしていた。    
 (…なんで、この私が……保健室に行かなきゃなんないのよ)
 無論、体調不良を訴えて自ら保健室行きを志願したのではない。同じクラスで、霊が見える女の
子・真宮 桜──形だけでもれんげの”友達”になった──に蒼ざめた顔色を心配され、渋々 従った
のだ。
(まあ、いいわ。ここんとこ寝不足だったし、ベッドで休ませてもらうか。午後からは頑張って、
勉強にしっかり励まないとね)
 保健室のドアを開け、椅子に姿勢よく座る女性を見つけた瞬間、れんげから力が抜けていった。
「え゛!? あ…アネット先生…?」 
「あら。四魔さんじゃない、どうかしたのー?」
 癖毛のかかった髪を胸まで伸ばし、彼女は真新しい春の庭に咲いた薔薇の香りを身に纏う。
フランス人と日本人のクォーターだけあって、眼の色は灰色で、顔の作りも異国の人間である。
その他、魔法などの呪術にも長けており、自らを中世ヨーロッパの魔女の末裔と称すのも頷けた。
「いや別に。……先生こそ、なんの用でこちらに?」
「私? え〰、保健の先生の代理よ。見て、ほら。白衣似合ってなーい?」
「さぁ。…要するに、サボってたんでしょ、仕事」
 一見、アネットは目鼻立ちの整った外国のモデルと比べても遜色のない容姿であるが──
よくよく観察して一皮剥いてみれば、大雑把で楽天家な性格が節々で目立って見えてくるのだ。
 ミステリアスで優しくて、仕事を真面目にこなす先生──そんな第一印象は早々に崩された。
「細かいことはさておき。食べなさい、腹が減っては勉強もできないわよ」
「…え」
 朝食抜きのれんげを見透かしたといわんばかり、女教師の右手にはバナナが握られていた。
冷蔵庫の残りを出したと彼女は言うが、これでは餌付けのためにあらかじめ用意された物のよう。
「これで貸し借りナシね。四魔さん、あなたが私のズル休みを黙っておいてくれる代わりに、
何かひとつ、私が占ってあげるわ。さ、遠慮しないで。何がいいかしら?」
「…否定しないんですね…赴任して来てまだ日の浅い教師だってのに、なんてだらしない」
「じゃあ、定番のネタ。恋のお悩みにしましょう。この宝玉に映るあなたの現在がどんなものか、
教えてあげるわ」
 死神組合の要回収物件とあちこちで噂されていた──アネットの持つのぞき玉は、曰く付きの
代物だ。あまりに流れを無視するので、れんげも口答えするのを諦め、会話を進めることにした。
「分かりました。のぞき玉で私のことが占えるもんなら、どうぞ」
「ふふふ。四魔さん、私ね、巷で評判の占い師だったのよ、これでも。真宮さんに聞いてみると
いいわ。ショッピングモールの姉として、お客さんに惜しまれながら引退したんだから」
「まーた、根拠もないことを。そこらへんのインチキ占い師と何が違うっていうんですか」
 どうでもいいことを誇張されても、聞く気のないれんげにしてみればそれは、毒にも薬にも
ならないただの自慢話。落語でいうところの枕のようなものかと、やや呆れてれんげは頬杖を
つき、アネットの自信ありげな表情を眺めていた。
「…見えたわ」
 玉を長四角の机に乗せ、アネットは両眼をグルグルと回すと、息継ぎも忘れて言った。
「四魔さん。あなたは今──ズバリ誰かに恋をしているでしょう? そして、とある事実をひた
隠しにして、自分の気持ちを告げられずにいる。違うかしら」
「…!」
 寸分の狂いもなく、見事に言い当てた占い師の的確さはいったいなんだろう。
 慌てて飲み込んだバナナが、うっと気管に詰まりそうになって、れんげは内心焦った。
(どういうこと? 架印先輩の件…私はアネット先生に一切話してもいないってのに、まるで最初
から聞き知っていたみたいじゃない。過去や未来を覗き見ただけで、そんな個人的な事情が容易く
他人に分かるというの)
 次から次へ、商売人らしく言い当てるやり方に反発を覚えながらも、それがありのままの真実
ゆえに、れんげは口を挟む余地すらなかった。
 生徒会委員長の架印へ、想いを寄せてきた中学の頃の、甘くもほろ苦い青春の記憶が瞬く間に
脳裏に蘇った。
「それで…? 架印先輩、私をどんな風に考えてるんですか」
「意中の彼は、あなたのことを非常に頼もしく思い、時を経て再会した今も、仲良くしてくれて
いる。けど、あなたは自らの抱える秘密が相手に知られそうで怖い。もしもそれがバレれば、築い
てきた信頼や、彼との思い出の数々は崩れ落ちてしまう。その脆さに怯えながら、あなたは人知れ
ず悩んでいるのよね」
 心を隈なく読まれるとは、これほどまでに不愉快で生きた心地がしないものかとぞっとする。
 架印は今や、命数管理局の役人となって、記死神として職務に従事する傍ら、堕魔死神を許す
まじと、変わらずに正義の炎を燃やし続けていた。
 何度かれんげの正体も露呈しかけたものの、皮肉にも、りんねの情けでその場を切り抜けた格好
となり、架印を騙すような芝居まで打ったのがつい昨日のことに思えた。
「先生。その人は…何を望んでいると思いますか。私に、変わらないで欲しいと心の奥で願って
ますか」
「さぁ…私が占えるのはここまでだし。その彼、今は何よりも生活費を稼ぐのに精一杯のようで、
おませなチビ黒猫に手を焼いている毎日…恋愛どころじゃないのかしらね、可哀想に」
 紺のスカートから覗く、スラリとした美脚を惜しげもなくあらわにして、足を組んだアネット
は、真剣に占うこと自体を放棄した模様だ。
「他といえば──彼は進学したあなたのことを気にかけてて、以前 あなたを堕魔死神かと疑った
ことがある──これくらいか。残念ながら、脈アリとは言いにくいわね。女の子と仲を深めようだ
とか、好きな人にアタックしようという気概も全く見られないけど」
「そうですか」
 ほんの少しでも、ここまで苦難続きの恋路に、一筋の光が差す時もあるのではと期待した自分が
愚かだったのかもしれない。
 たかが占い如きで分かりやすく解決する悩みなら、中学の時からの淡い初恋も、片想いで終わり
はしないはずだ。


「れんげ、迎えに来たよー」
「…真宮 桜」
 扉の開く音と共に、桜が保健室に現れ、ジャージの入った手提げ袋を揺らしてみせた。
「あれ? アネット先生、どうして保健室に…」
 教室にいるはずの担任がそこにいて、見慣れぬ白衣姿になっていたことに驚きはしたものの
──それ以上深く言及しない諦めの良さが、霊の見える女子・真宮 桜の潔い部分だと、れんげは
ふと思う。
「体育、もう終わったの?」
「うん。今日はバレーボールだったよ」
 何かと、体育には基礎練がつきものだが、れんげはその中でも特に球技が苦手だった。
二人組でストレッチしろだの、三人組で掛け合いをやれだのと、一人きりでは何もできない
恨めしさが、この身を責めるのは分かっている。体調不良という事情さえ、吉兆のように思えた。
「どう? 少しはゆっくり休めた?」
「ええ、今はなんともないわ」
「良かったぁ。あ、翼くんにも後で伝えとくよ」
「十文字がどうかしたって?」
 桜の口から、祓い屋の少年の名がポロっと出たことに、れんげは目敏く訝しんだ。
「ほらー、れんげって、翼くんの席と近いでしょ。生物の授業中、れんげがどこか具合悪そう
だって心配してたみたいだから。その後、私に教えてくれたのも、実は翼くんなんだよ」
「何それ。勝手によそ見してただけじゃない、あいつ。っていうか、直接言いなさいよ」
 桜のクラスは、五十音順に席が決められており、れんげの側には十文字が座っていた。
最初は、彼を調子のいいだけの男だと思っていたが、近頃ではバカ正直に一途な想いを貫く、
可哀想なやつとの印象に改めた。
「──四魔さん」
「はい?」
「散々 占いでボロクソに言っちゃったけど、ひとつ訂正しとくわね。あなたの恋愛運に関して
は、相手の出方次第で良くも悪くも左右されるものかもしれない。でも、友情運については…
みんなと騒がしく高校生活を過ごすうちに、これから自然と上向いてゆくものだと思うわ」 
 どうやら、いつの間に話題がすり替わっていないか。アネットの微笑みに、れんげは毒気を
失って、仕方なく口許を歪ませて苦笑するしか術がない。
「さぁ…それはどうなんですかね」
 そもそも、この世の人間の高校に転入して来たのは、堕魔死神としての業務を果たすため。
情がいたずらに芽生えて、彼らたちと仲良しになればなるほど、躊躇いを抱くことが増えたら、
冷静に自分は捌けるのか。その時、れんげはまだ心の揺れに気づいてはいなかった。

 賑やかな笑い声も、どこか遠のいていく。貴重な昼休みはすでに残り5分を切っていた。
教師の面々がいち早く職員室に立ち戻る中に、アネットの姿もちょうど見受けられて。
「いっけない、四魔さんに占い料取るの忘れてたわ!」
 右手には出席簿と英語の教科書を持ち、次の授業に向けて慌ただしく準備をしている。
 新調したブラウスに、ジャケットと靴のせいで、お金はいくらあっても足りないのが切実だ。
「ま、いいか…別の機会に請求しましょ」
 ふふん、と鼻唄交じりに、アネットは足取りも軽くスキップして、浮ついた様子で出て行く。
 同じ頃、数学の先生に質問をしに来ていた桜が、隣で偶然 アネットの独り言を聞いたのは、
中間試験が5日後に迫ろうという多忙な時期のことである。

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