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企画

birthday【境界のRINNE】

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 死神の仕事においても、人間と何ら同じで、やはり月末と月初は馬車馬の如く忙しい。
父の悪行が元で負債を抱え込み、六道りんねは粛々とバラの造花の内職で食い繋いで
いるのだが、高校生活を謳歌する余裕もなく──日々の食事さえも切り詰めていた。
 クラブ棟の一室で寝起きする少年はあくびを噛み殺し、ゴミをひとまとめにして、段差に
足を掛ける。ひょこ、と六文が横から顔を覗き、ご主人様の部屋を真上から眺めた時だった。
「あ…あれ…? りんね様、もしかして…桜さまが来てるんじゃないですか?」
「何?」
 そこには毎朝の如く、見慣れた人影があった。同じクラスメイトで、席は隣同士の少女。
青いブレザーに身を包み、おさげ髪の彼女は落ち着いた雰囲気を纏って、りんねに気づく。
「六道くん、六文ちゃん」
「ま…真宮桜。来てたのか」
 眠気など、一瞬にして覚めてしまう。何か用があって来てくれたとしても、それは嬉しいのだ。
カタン、カタンと音を立てつつ、りんねは階段を登っていくが、胸の鼓動の高鳴りが収まらない。
「うん。ほら、ドア開きっぱなしだったから。待たせてもらっちゃったけど、迷惑だった?」
「いや、それは構わんが。度々来てくれるのに、挨拶代わりに出す物が何もなくてすまない」
「気にしないで。いいんだ、私も好きで六道くんのとこに寄ってるんだから」
 隙間風が寂しく吹く粗末なあばら屋で、一瞬にして、桜の醸し出す温かな空気に心が和む。
長らく日陰で萎れかけた花が、まるで陽の光で蘇るように、りんねは桜の存在に救われていた。
「桜さまー、何読んでらっしゃるんですか?」
「あぁ、これ。図書館で借りて来てね、今読んでるの。面白そうでしょう?」
「なんて本なんだ?」
「洋書らしくて、日本語に翻訳されてるんだ。『A Witch and The Reaper』って
書いてあってさ、ミステリアスな表紙になんとなく惹かれて、手に取ってみたの」
 ふふ、と口元に微笑みを湛え、ページを繰る桜の表情は真剣そのもので、こちらが眺めていて
も飽きない。相棒の六文も気になったのか、彼女の左肩に乗っかり、英語の文字を凝視している。
「なるほどな。魔女と死神、という題名か」
「そうなの。こういう風変わりな本、読んだらどうかなって」
 ひとまず、顔を上げた桜は栞を挟むと、その本を渡してくれた。装丁もきちんとされており、
様々な生徒の手に回りながらも、大事に読み継がれてきたことが分かる。
 そういえば、桜の趣味を知ることもあまりなかったと思い、りんねはふと興味を抱いた。
「真宮桜は、読書も好きなのか?」
「うん。小さい頃はね、ママによく図書館へ連れてってもらったなぁ。絵本とか読むのが
好きで、休みの日には手提げに一杯 本を詰めたりしてた。あ、中学校の時間割で”朝読”って
なかった? 簡単な感想書いて提出するんだけど、文章がつい長くなっちゃって…」
「俺も好きな時間だったな。おばあちゃんが薦めた本はどれも面白くて、あっという間に
30分が過ぎてしまう。担任の目を盗んで、授業が始まった後も続きを読んでたくらいだ」
「魂子さんがそれほど熱心だったとはね。六道くんがその影響を直に受けるのも分かるよ」
 話が盛り上がったのも何かの縁、りんねも早速、1ページだけ読もうと目を通したが、1文で
すでに降参してしまった。中身は全て英語、知らぬ単語ばかりで意味不明というのが現実。
 改めてみると、辞書を片手に調べつつも、持ち前の真面目さと根気強さで読み進める桜の
忍耐は見事で、想像力とはこうして育まれるものなのだろうか、と隣で感心すらしていた。
「一つ聞きたかったんだけど、六道くんの誕生日っていつ?」
「え…」
「この物語の中でね、魔女と死神がそれぞれ、人間に恋をする場面があるの」
 瞬きをひとつして、桜はこれから謎解きをしようと悪戯っぽく問いかける。その様子はひどく
冷静な大人の対応のようで、放課後に相談をしに来る際には見せたことのない横顔だった。
「死神の青年は、街角で出会った美しい未亡人の女(ひと)と知り合って仲良くなるんだけど。
努力の末にやっと、誕生日を聞き出して、毎年バラの花を一本ずつ贈ることを約束するんだよ」
 聞けば、主人公の恋に走る行動がキザすぎて、もし読者であれば、すぐさまため息が出ている。
確かに、恋愛小説は女子には人気ゆえ、その分野に疎い男のりんねは受容できなさそうである。
「ほぉ。その心は…?」
「たぶん、二人の寿命が違うから──それを忘れないために、今ある奇跡を大切にしようって
ことじゃないかな。彼からの、”好きです”って単なる意思表示かもしれないけど」
 即座に呑み込めない、核心を突いた棘の如き痛みを感じたのは、おそらく気のせいではない。
りんねたち死神は、毎年 人間と同じく歳を重ねるようでいて、時の流れが緩慢に過ぎゆくだけ。
「誕生日…か…」
 加えて、りんねの脳裏を掠めた儚い記憶は、赤ん坊の時のお祝いでの幸せな一コマだった。
物心ついてから、まだひと度も会ったことのない母のことが浮かび、りんねは思わず目を瞑った。

「りんね〰」
「…おばあちゃん」
「魂子さん」
 何処から、来訪を告げる声が聞こえて、部屋の壁が霊道へ繋がり、魂子は姿を現した。
モダンな着物を纏い、凛とした佇まいで見遣る淑女は、死神界の超有名人でもあるのだ。
「あらぁ、桜ちゃんも来ていたの。こ・ん・に・ち・は〰」
「お約束のやり取りも相変わらずで。どうしたんですか? 今日は」
 面倒な頼み事かと思いきや、他愛のない世間話が大半で、りんねは拍子抜けをした。
魂子の家の冷蔵庫には、賞味期限切れの食材が多く、その片付けを手伝って欲しいと。
「用件はそれだけ。最近 忙しいのも分かるけど…私を助けると思って、力を貸してくれない?」
 口うるさく構うのは、孫がやはり可愛いゆえか。わがままを言う魂子は、時々 幼く見える。
そんな二人のやり取りを側で聞きながら、桜が本を読み始めていると、一瞬だけ、切れ長の赤い
瞳と目が合った。
「お勉強してるの? 洋書なんて、英語の生きた教材みたいなものよね、イマドキの高校の授業
で使ってるのかしら。なになに、『魔女と死神』──ええ!? この本、桜ちゃんも知っているの?」
「…はい」
 間髪入れず、本の題名に興味を抱いた件に、周囲がどういうことかと事情を掴めないでいる。
一冊の古書がふいに引き寄せた縁とはなんだろうか。りんねは話の続きを促し、耳を傾けた。
「若い頃に全く同じ物を読んだことがある?」
「ええ。作者もタイトルも一緒で、ページ数も変わってないわ。きっと、長年ベストセラー
だったのよ。そりゃ流行ったものでね、クラス中の女子がみんな夢中だったわ〰」
「信じがたいな…おばあちゃんのお気に入りの本が1世紀以上の時を超えて、この世の人間の
高校の図書館に眠っていたとは」
「どういう意味〰? りんね、失礼なこと言わないで〰」
 冷ややかな視線のまま、矛先は口を滑らせたりんねに向かい、羽織の衿を掴む素振り。
冗談か本気かの境が見えぬので、魂子の一挙一動に、隣の六文はヒヤヒヤしていた。
「ねぇ、桜ちゃん。あなたは話のネタバレがあまり気にならない人?」
「えっと…そうですね。推理小説の犯人を、途中で誰かに暴露される件ほど、悪質でなければ」
 ゆっくりとワンクッション置いて話す辺り、なかなか現実味を帯びているように感じられる。
「大丈夫。読み始めてるなら、内容も分かってるとは思うけど…物語のテーマはズバリ、死神と
魔女がそれぞれ、自分の好きな子にどう近づくか?って話なのよ。違う種族同士の二人が恋に
落ち、なんとか結ばれようと、手段を尽くしてチャレンジするんだけど…すれ違いが多くて、随分
やきもきさせられたわ」
「あの…魂子さんは、この本を読破されたんですか?」
「ええ。女学生の時ね…最初は借りた本を自力で読み終えて、それから十年経った頃かしら…
とある人が私に贈ってくれたのを大切に保管して、今も家にあるわ」
 男の影がちらついたのは意外だったが、若かりし頃の男付き合いなど、聞いてみなければ
まるで分からぬもの。物怖じせず、ハッキリ言う性分の魂子を夢中にさせた人とは、誰なのか。
「熱心に読み耽ったのは、魔女と人間の彼の場面だったわね。私も若かった…その時はねぇ、
寿命の差を諦め、最後は一人寂しく恋人を彼岸へ見送った死神のことが全く理解できなくて、
赤いボールペンで該当部分を塗り潰してしまったの。二度と読み返してやるもんか、ってね」
 のめり込む余り、登場人物に感情移入してしまうなど、その頃の魂子も夢見る少女だった。
しかし、極端な手段へ訴えている部分に、只者ではない才女の片鱗が早くも現れているようだ。
「え…どうして、本に落書きしたんですか!?」
「あの魂子様が、なんとも大人げないというか……黒猫の僕でも驚きですよ」
「随分と派手にやるもんだな。後で図書室の先生には謝ったのか?」
 三人からの質問を一斉に受け、予想外の反応に戸惑う魂子だが、その語り口は滑らか。
ちなみに、肝心の本はきっちりと弁償させられたそうで、大いに反省したという。
「まあ聞いて。魔女は自らの霊力を使って、人間の男の寿命を少しでも延ばそうとするの。
もちろん、それがいけないことだと分かっていても、燃ゆる恋心に抗う術もなく、長寿の薬
を作ろうと日夜励んだり、果てはあの世からの死者に賄賂を送って、魂を売ったりもした」
「…で…その魔女は、死神界での掟破りに相当したとして、重い罰を受けるのか?」
「そうね。後は察してちょうだい、りんね。互いの運命はそう簡単に変えられないって教訓──」
 だいたいのあらすじを聞き、傍らの桜は真顔になっており、六文は意味不明の様子である。
ただ、今の内容で、魂子の甘くて苦い過去も浮き彫りになった訳で、りんねは気の毒に思う。
 心ゆくまで、好いた男と幸せな時間を過ごした裏で、ノルマが子孫代々まで継がれた件が
思い出される。人間の血を引く祖父、死神の祖母、その息子と死神の女の間に生まれた自分
──という奇妙な縁の連続に、ふと可笑しくなってしまうのは、なぜだろうか。

 こうして昔話に花が咲き、水を得た魚の如く、魂子は六道家のあれこれを事細かに喋った。
身近な思い出の品々の多くは整理したが、おそらく、彼女の家を捜索すれば見つかりそうだ。
何ゆえか、りんねの母については語りたがらず、大半が来世サバ男さんとの馴れ初めと、手を
未だに焼いている息子との面白いエピソードを嬉々として披露していたのだった。
 孫の話になると、りんねの誕生日お祝いとして、ささやかなご馳走を家で振舞っていたらしい。
まだ幼いりんねはケーキを頬張りながら、チキンにも勢いよく手を伸ばし、旨そうに食べていた
という。
 貰ったプレゼントはいつの間にか、遊び人の父の鯖人に没収されていたりと、哀しい件もある。
そして、いつ生まれたかの日付は定かではなく、(仮)として長らく祝われていたのも、複雑だ。
 数々の逸話を聞かされ、桜は頷いて微笑んでくれていたが、当事者のりんねには堪えがたい
ものだった。
「…っ、なんで真宮桜の前で、こんな身内の湿っぽい話を…!」
「悪気はないのよ、りんね」
 咎める口調で嘆いたりんねの横で、優しく耳打ちする祖母の表情には、孫への申し訳なさ
も混じっていたのだろう。遠くを眺め、小声で話し始めた魂子の頬に、ほんのりと赤みが差した。
「どうしてかしら…つい、なつかしくてね。桜ちゃんと同じ年頃、私も誰かに恋をしていた。
きっと、彼女があの本を持って来ていたからよ。あの本はね──あなたのおじいちゃんが
”君に贈るよ”とプレゼントしてくれたの。遠ざけていた”死神と人間”側の物語の本質と、
隠された素敵な恋心を教えてくれて、目から鱗が落ちたみたいに、自分の世界観も変えて
もらった。それもひっくるめて、『魔女と死神』は私の青春時代そのものなの」
 きっと、宝物との出会いは思いがけない奇跡であり、どれだけ時が経とうと、決して色褪せ
ない。かつて、魂子の心に深く刻まれた本が、今ここで再び世代を越えて会う事実に、何か
感慨深く思えたのは、りんねとしても単なる偶然でないと信じたい。

 度重なる空腹感に、気を紛らわせようとして、ちゃぶ台の上の黒い本を手に取ってみる。
夕方、桜が帰り際に「貸してあげる」と言って、曰くつきの古書をりんねに手渡してくれた。
まだ読み途中だったろうに、魂子がネタバレ寸前に暴露したせいで、桜が興ざめてしまった
なら、罪悪感も湧いてきてしまう。
(ああ……びっしりと英語が並んでるじゃないか。これを読むなど至難の業だぞ…) 
 ページを開いただけで、挫折しそうなりんねは、あやうく本を閉じそうになったが、いかんと
喝を入れて目を見開いた。すると、不自然な紙の膨らみに気づき、真ん中の栞を差し抜く。
『もし、六道くんの誕生日がいつか分かったら、そっと教えてくれると嬉しい。
そうしたら、みんなでその日をお祝いしたいな』
 余白に書かれた見覚えのある言葉は、真宮桜のもの。綺麗な字で、温かな気遣いがある。
何よりも、魂子との話で本当の”誕生日”が分からない件がバレてしまった後に、ごまかす
でもなく、傷口を抉るのでもなく、飾らぬ想いをそっと伝えてくれる──ありがたく思えた。

 蓋をカタカタ鳴らすのは、沸騰したやかんの音。味のないお湯も、冬に近づけば近づくほど、
その温かさが身に染みる。豊かな毛並みの黒猫の坊やも、人間界の寒さは嫌いらしい。
「……りんね様? ねー、りんね様〰!そんなとこで突っ伏さないで下さいよ〰」
 暫し、まどろみの中で見た夢は叶いそうもない、桜からの借金を完済し、奢っている場面。
気分が舞い上がって、何を話したのかさえ覚えていないが、六文の無邪気な声だけ、耳に
残っている。

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