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「読切」
御籤

御籤

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 手前に伸びる一本道を進んでゆくと、村境の一角に、粗末ながらも小奇麗な神社が現れる。
巷では”御籤が引ける”と評判であり、ちょっとした娯楽を愉しもうと、遠方の集落から足を運ぶ
物好きな客も中にはいたらしい。その噂は、隣に位置する桔梗の村にも、確かに届いていた。
 漆で朱く塗られた円筒を傾ければ、木札がそれぞれ五種類入っていて、一つを持ち帰ること
も可能だという。
 近くの村で用事を済ませたついでに、桔梗は他所の社へ、犬夜叉と立ち寄ろうと決めていた。
「まさか…ハズレ引くのが怖ぇんだろ?」
 宝石のように輝く、黄金の鋭い双眸が見開かれ、不躾にもこちらを目敏く勘繰っている。
「何を言う。仮にも神の御前で、巫女の私をからかうのはよせ、犬夜叉」
 いい結果を望むからといって、籤の導きの文言に執着するなど到底 許される心情ではない。
「私が引いてやろうか。おまえの運、御籤でどう出るか試す価値も──」
 かわして掌を返し、桔梗は心のどこかに余裕を覗かせて、平然と犬夜叉へ言い返した。
先刻、自分の運試しをためらったのは、他人に弱みを露呈する気恥ずかしさのせいだろうか。
「あいにく、俺はそーゆー神仏の類はまるで信じちゃいねぇんだ。ありがたくもねぇ木札貰った
ところで、持ち腐れになるのは目に見えてらぁ」
 彼は占いに興味すら持てぬ有様で、吐き捨てた刹那、とうに踵を返し、背を向けていたのだ。
「では、こうしよう。犬夜叉、おまえが御籤を引けばいい。もともと籤とはな、古来、物事の
善悪や、政における継承者を決定する際、神意を占うために人々が編み出したもの。ならば、
他の者が誰ぞの吉凶を言い当てるのも道理であろう」
 本殿の壇上に捨て置かれた容器を手に取り、それを犬夜叉へ渡す。
 仏頂面のまま、彼は納得してはいなかったが、桔梗との話の流れで、籤を引くことを了承した
ようだ。
 わずかな切れ込みから見えるのは、木札の断片的な形のみ。犬夜叉は片手でカラカラと円筒を
振ると、中身を確かめる素振りをみせて、隣に並んだ桔梗の顔をしげしげと眺めた。
 とうに新緑の季節は過ぎ、陽射しも一段と煌めきを増す頃で、周辺の森からは蝉の音が早くも
鳴り始めていた。
「桔梗。俺が大凶引いても、絶対 文句言うなよ」
「ふっ、もとより、凶なぞ見飽きている。四魂の玉の守護を仰せつかってからというもの──
人も妖も、己の利得を追求するあまり他を顧みず、争いの度に、無意味な血が流れるばかり。
今さら私の運を占っても、所詮 同じだろう」
 諦念をちらつかせ、桔梗はなんの期待も抱かなかった。この身は村の衆を束ねる長として
あり、宝玉を浄め、邪な者から守ることが、自分の使命とさえ信じて疑わない。
 桔梗自身、犬夜叉に出会うまで、巫女の務めを果たすためには、時として感情を殺さねば、
とても割り切れぬと思っていた節があったからだ。
「なんと書いてあるのだ?」
「……」
「犬夜叉?」
 ようやく、半妖の少年は呼び掛けに応じ、眼差しを向けて、巫女の元に歩み寄ろうとした。
「あーあ、茶化そうとして損したぜ。どうせ籤なんぞ、子供騙しにしかすぎねぇってのによ」
 両腕を頭の後ろで組み、気怠そうに犬夜叉は臍を曲げていたが、桔梗の手元めがけて、彼は
木札を押し付けてきた。
 答えを見ろということか、と差し出された木札を掌に乗せてみれば、朱色で書かれた文字が、
なんと“大吉”を指しているではないか。桔梗の漆黒の瞳が瞬きを返したのは、驚きの表れだ。
「…可笑しいこともあるものだな」
「ん?」
「私を見返す好機だと、日頃 痛い目に遭っているおまえがその手で大吉を引く。これほど愉快
で、晴れやかな気分を味わうのは久しぶりだ」
「そんな嬉しいことか?」
「ああ。たまには神頼みも捨てたものではないな」
「…あながち、偶然でもねぇと思うが」
 古木の近くに落ちていた手頃な小枝を見つけ、犬夜叉は屈んで、地面に桔梗の字を書いた。
「おめえの名前、初めっから『吉』の字が隠れてんじゃねぇか」
 桔梗──五芒星の形をした、野山にひっそりと咲く、花の名。そう呼ばれた途端、青紫の花弁
が風に吹かれ、匂いを香らせる絵が、頭に浮かんだ。大吉とは言いがたい、己の人生なのに。
 物心ついた時には、母はすでに呪術の第一線から退いており、父の記憶も曖昧で、妹の楓と
二人──村に馴染もうと懸命に頑張っていた──否、神に通ずる力を持つおなごが片田舎の
村で暮らしているとの外聞が、乱世において、桔梗を放っておくはずもなかったのだった。
「犬夜叉…」
 かの少年こそ、必要以上に悪者ぶる困った性分はあれど、本当は外面だけで優しいところが
あるのだと思う。遠く、天竺で畏怖の念を集めた鬼神の名を持つ、犬夜叉には言えないけれど。
「要は、なんでも決め付けんなってことでい」
「そう言ってくれるか」
 ぶっきらぼうに言い放つ彼のことが愛しく、気づけば自ずと、犬夜叉の手を取って、指先を
重ねていた。振り返っても、桔梗は異性と手を繋いだこともなければ、男の掌の温もりを知らず
にいたほどに、男女の交わりには非常に疎かった。
「せっかく大吉と出たのだ。またとない記念に、お守りとして仕舞っておこう」
 ごまかしようもなく、白衣の衿に御籤を挟んだところで、胸の鼓動は未だに高鳴っている。
「けっ、たかが籤ひとつで、一喜一憂しやがって。これだから、人間の女は分からねぇ」
 強がりも、ここまで。犬夜叉も心なしか照れていたらしく、帰路に着いた二人は終始 無言を
貫いた。

 十八にもなって、村娘たちが我を忘れて語り合う、おなごの幸せのかけらとは何か分かった
気がした。恋をすると人は盲目になり、誰かとの日常を思い描いては、ふわふわと漂う雲の
ようで。季節はその間にも通り過ぎ、こんな時間が長く続けばいいと心に願うのは、わがまま
なのだろうか。
 木札の頂点の穴に紐を通せば、先日 参拝した神社の御籤を用いた根付が出来上がった。
 ふと、恋の成就のまじないを唱えようとして、桔梗が口を噤んだのは、他人の視線を感じた
からではなく──秘めた想いを言葉にすることが、どれだけの意味を持つか悟ったからだ。

【後記】▼
五十年前の犬桔ですが、ほんのり恋人らしくなった頃にしてみました。
今回の妄想の発端は、犬桔という語句に”大吉”という字を重ねてみたところから。似てません!?
おみくじも、調べてみると奥が深いんですね。戦国時代はこう!と決まったものはなかった
みたいなので、短冊型の木札をくじ代わりに設定。ああ、デートもどきって素敵ですよねぇ…
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