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「読切」
満杯のしあわせ

満杯のしあわせ

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 何事も”慣れ”とは怖いもので、それは例年 繰り返される天候の形にも当てはまる。
 黴の生えそうな湿気をもたらす梅雨が明けた途端、嘘のように晴天が連日 続くのだから、
ここ数日の急な日照りに辟易している村民も少なくはない。
 つくづく、混沌とした時代において、先を読むことは遥かに困難だ。来るべき一大事に備え、
日頃から身の回りを万全に整えることが肝要なのだ──新米の巫女のために、年長者の楓が
授けた言葉も、今となっては己自身で裏打ちされた経験談ではないかと、かごめは時々思う。

 先刻 楓の家を出て、かごめの足は自ずと、村の中心に位置する離れの新居へ向かっていた。
 青い空を見遣れば、相変わらず容赦ない陽射しの下、小鳥の番(つがい)が睦まじげに挨拶を交わす
情景に出くわした。こんな穏やかな空を眺める度に、ふとした幸せを感じることがあるのだ。
 旦那の顔が浮かんで、かごめは自然と小走りになる。息を弾ませて、右手の甲で汗を拭う。
いつもと変わらない、けれど今宵は月に一度の朔日。半妖の犬夜叉が妖力を失い、人間となる
日。二人が晴れて夫婦となってからは、かごめは万一の時を考え、犬夜叉の都合を優先させて
きた。
 そんな奇蹟を前に、ある約束を取り付けたのは昨夜のこと。無論、言い出すのに躊躇もあっ
た。だが、不躾にも犬夜叉は承諾してくれたのだ。明日の務めを終えたら、一緒に”でえと”しよ
うと。
「ただいま。お待たせー、犬夜叉」
「おうっ。おかえり、かごめ」
 こうして、嫁を迎え入れる珍しい逆転現象も、弥勒との退治の仕事が休みゆえに起こり得て。
手をぎゅっと繋いだ後、犬夜叉は懐にかごめを抱き寄せ、腕を回して独り占めの体勢を取る。
しばらく、身体を委ねていたら、頬を赤く染める犬夜叉と目が合い、思わず微笑してしまった。
 日没となるまで、残りわずかというところか。ひと度、人間の姿に戻れば、あの特徴的な犬耳
も、自慢の爪牙さえ消えてしまう。
 彼の身の安全を考えれば、今夜は連れ出さぬ方がいいのだが、胸の騒めきには敵わない。
念のため、護衛の意も兼ねて、弓矢も携帯した上で、かごめは犬夜叉をともない、家を出た。

「ごめんねー、私のわがままに付き合ってもらっちゃって」
「別に構やしねぇよ。真面目に働き続けても疲れちまうし、たまには息抜きも必要だろ?」
「え…私のこと、心配してくれるの? 優しいのね、犬夜叉は。でも…今日は朔の日だもの、
家でゆっくりした方が良かったでしょ。今さらだけど、外出するのは身勝手だったかしら」
「ばーか。かごめの頼みなら、朔の日だろうが関係ねぇ、いつだって応えてやらぁ」
 女の艶々とした髪に絡む指先は非常に器用で、その繊細さにはこちらもため息がこぼれる
ほど、犬夜叉という人には、大胆な仕草を何食わぬ顔で行う男らしさがあるのだ。
 黒曜石の瞳に溶け込む闇が、幾重も花弁を開かせて、犬夜叉の存在感をあらわにする。
 高い湿気が不快感を誘うように、肌にまとわりつく滴も引かず、生ぬるい風だけが通り過ぎた。
「それにしても…今日は暑かったわね。子供たちは構わずハシャいでて、感心しちゃったけど」
「他所ん村じゃ、古井戸の水が涸れたとかで、川まで行って水を汲んできたとこもあったらし
い。今の時季はとかく陽射しも強ぇし、田畑の土なんぞ触っても、パサパサに乾ききってるし
よ。おめえも、ちっと日焼けしたんじゃねぇか」
「やっぱり分かる? なんかピリピリするなぁって思ってたのよね」
 傷つけぬよう、子猫を撫でるかの如き力の抜き加減で、指の腹を頬へと滑らすものだから、
くすぐったい。そんな犬夜叉の手は温かくて大きく、昔から知っている安心感をもたらすのだ。
 人間と同じ体感温度では、どこか暑いと感じるのか、犬夜叉の見せる表情も普段とは違う。
白い単衣のまま、額には小粒の汗を滲ませ、天を仰ぐ度、険しそうな皺を眉間に寄せている。
 かごめのいた現代でも、夏の暑さは年々 厳しいものになっているといわれていたが、戦国(こちら)
の方が幾分 過ごしやすいと思うのは、周囲が緑に溢れている環境のせいだろう。
 星空のキラキラとした灯を頼りに、夫婦同士 肩を並べて、互いの一日を話し合いながら。
主に彼から聞くのは、弥勒との妖怪退治の出来事だが、たまにやんちゃな愛娘二人の話が出て
きて、その輪の中で仕方なく遊んであげる姿が、かごめも容易に想像できてしまう。
「…犬夜叉?」
「なんでい」
「どうしたの、キョロキョロしちゃって」
 やがて辺りに、水草の繁茂する小さな池がいくつか見えた。時々、二人で寄る場所なのだ。
顎に片手を添え、犬夜叉はめずらしく考え事をしている様子で、苛立ちを隠せずにいた。
「あー…耳元で虫が飛んでうるさくてな。今度来たら殺すって構えてたらよ、すぐいなくなっ
ちまった」
「もう逃げられた後かも、それ。私も困ってるの、畑で薬草摘んでると、蚊が近寄ってきて」
「おめーの苦手なミミズは人には害を為さねぇが、蚊が相手だと厄介だな。あのイラつく羽音
立てて、知らねぇ間に人の血吸ってくだろ。弥勒のやつも、双子を守るのに必死みてぇだぜ」
「そうなんだ、弥勒さまも苦労が絶えないわね〰…そういうの、初耳だわ」
 おそらく、夫婦二人の暮らしとは、当人たちのみにしか分からない事情があるのだと思う。
欠けがえのない友として、または三歩先を行く先輩として、彼らの振舞いは眩く映っていた。
 他愛のない話と、夏の夜の余韻をじっくり満喫したところで、揃って帰ろうかとした矢先。
かごめが異変を察したのは、無言になった犬夜叉を心配して、横顔をじっと観察した時だ。
「大丈夫!? ねぇ、首筋と右の耳たぶのとこ、赤くなってるわ。やっぱり刺されたのね」
「こんなの、痛くもかゆくもねぇぞ、大げさな」
「ふふ、無理しちゃって〰。犬夜叉、後で帰ったら薬塗ってあげるから」
「…けっ」
 体内の妖の血が一時 消えて、わずかでも人間と同等になった今の半妖の地肌は、やつらに
はさぞかし美味であったに違いない。不運にも、彼が蚊の標的に選ばれたのも可哀想である。

 それから、互いの住処へ戻り、二人の寝室に腰を落ち着けたのは、夕餉を頂いた後だった。
染料として有名な藍の葉は、蚊を寄せ付けぬ効果があり、薬草としても優れた活用法がある。
 無論、特効薬ではない。しばらく時間をおいて、腫れた患部に、絞った葉の汁を何度か塗れ
ばいいと、以前 世話になった地念児から聞いたのだ。
「少しは楽になった〰?」
「やたら引っ掻きてぇとは感じなくなっただけ、マシってところだ」
 壺に浸した液を手で掬い、赤く膨らんだ箇所に塗ってゆく。傷跡が残らないよう、念入りに。
「でも…私も側にいたのに変ね、犬夜叉だけ一人、蚊に狙われたなんて」
「まあ、かごめに跡ひとつなく無事だってんなら安心したぜ。俺が虫に刺されるくれぇ、どうっ
てことねぇよ」
 拗ねた声色も一瞬で、物分かりのいい顔をする彼の言葉に、心なしか喜べなかった。
 なんで、そんな嘘ばっかり。本当はかゆいの我慢してるんでしょ、と突っ込めば図星である。
惚れた女には弱みを見せまいと、変なところで強がる性格も知っているから、なおさら彼のこと
が愛しいのだ。
 朔であろうがなかろうが、犬夜叉の態度は常に変わることがない。隣にいる伴侶のためなら、
この身を盾にして、あらゆる刃から守ってくれるのだろうと──自分も、旦那の犬夜叉をたえず
想うことで、溢れ出す”大好き”がひとかけらでも伝わればいいなと──そう願う内に、いつしか
かごめは夢心地になり、そのまま彼の温もりに包まれていた。

 ふと、寝返りを打った瞬間、ハッと我に返ったのは夜明け間近の頃。空が明るくなり始めた。
ひとつの布団に二人で包まって、頬を撫でては戯れ合い、おやすみの口づけも交わして。
 聞き耳を立てれば、すぅ、と隣からなんて優しい寝息がするのだろう。ずっと幸せを噛みしめ
ていたい。
 今は”人間”として寝ているけれど、犬夜叉が”半妖”として目覚めた時に、おはようの合図を
真っ先に届けることを、かごめは心に決めて──緋色の衣を、犬夜叉の身体にそっと掛けた。

【後記】▼
完結後の朔犬かご夫婦、それは久々だったでしょうか。
めずらしくも、私の書く話にしては、意味があるようでない物語でした(笑)
朔犬が蚊に刺されたら? 後は二人で仲良くいちゃついてくれ! 朔夜デートとか希望…
そんな個人的な願いを込めてみました。
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