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企画

泡々【境界のRINNE】

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 お礼に貰ったシャボン玉液は、うさぎの形をしたピンク色のプラスチック容器に入っていた。
顔を近づけると、作りたての石鹸のいい香りがして、子供が好きそうな玩具だというのも頷ける。
 土曜日の夕方ということもあり、公園には数組の親子連れがいたくらいで、他は人気もまばら
だった。
 桜は古びたブランコをぎぃっと漕ぎ、追い風に吹かれながら、ぼんやりと遠くを眺めている。
 グレーを基調に、水玉模様を散りばめた半袖パーカーと、紺色のミニスカートの組み合わせは、
先週 ミホとリカで一緒に買い物をした際、桜が選んだ服だ。
 蓋の内側に付いた輪っかを漬け、魔法の液体で満たせば、子供心をくすぐる遊びの準備も万端。
艶やかな唇を尖らせ、ふっと吹きかけた息を当てると、陽の光を浴びて、いくつもの泡が浮かぶ。
 母と遊んだ淡い記憶が呼び起こされ、なつかしさと共に切なさが、桜の胸に沸々と込み上がる。
 ちょうど同じ頃。上空の何処かで、深遠なる霊道の開く音がして、常人ではない気配を察知し
た。幽体化させる羽織を身に纏い、死神の鎌を携えて、六道りんねが公園の近くを通りかかったの
だ。
 休息を求める旅鳥のよう、かの男子はなめらかに下降し、そこで桜を見つけたか、駆け寄って
来た。
「真宮 桜じゃないか」
「…六道くん」
 休日返上で死神業務に勤しんでいるところを窺うと、懐具合が相変わらず厳しいのか。
零れ出した涙を拭おうと、桜は慌てて目元を押さえ、見るも眩しい赤髪の少年を見つめる。
「え゛。なぜ、泣いている…?」
「あー、これはね。特殊なシャボン玉のせいなんだ」
 種明かしをしてしまえば、こういうことだ。死神や幽霊など、霊体である者や、霊が視える者
に限り、シャボン玉の隠された効能を自分たちで試せる特典が付いているのだ。
 女の子の霊に教えられたのは、恋に効くオトナのおまじない。意中の彼に好意をそれとなく
察してもらうため、泣き顔になる魔法が掛けられているようだ。一見、ごく普通のシャボン玉
に見えるが──秘めたる女心の願いをキャッチして、浮遊する泡が辛み成分を分泌するので、
それが肌に触れ、目を刺激するのだという。似た例を挙げれば、玉葱の皮を剥く際に、ヒリヒリ
して涙が自ずと込み上げて来るのと、原理はどうやら同じらしい。
「つまり、霊的シャボン玉…だと?」
 あの世の道具に詳しいりんねが言うには、現世では扱いの異なる品々が時に存在するのだと。
みんなでわいわいと遊ぶだけではなくて、いろんな霊障を引き起こす問題作も発見されている。
「近所の学校で子供会があった日、集会所に佇んでた霊がいたの。何か暇そうにしてたから、
一緒に恋バナを聞いてあげたんだっけ。そしたら、これ貰っちゃって」
 この頃の小学生は非常にませていて、クラスの誰々が好きだの、告白したなどという噂話に
留まりはしない。好きな子を振り向かせるため、大人顔負けのテクニックを仲間内で意見し合う
のが恒例なのだ。
「そうだ、おじいちゃん家で見たぞ。俺も小さい頃は、おばあちゃんにシャボン玉吹いてもらった
ような気がする」
 今でこそ、貧乏に喘ぐりんねだが、幼少時はそれなりに裕福だったようで、人並みの贅沢を
味わっていたという。桜との共通項に気が緩んだのだろう、りんねの表情がパッと明るくなった。
「霊が冗談めかして言ってたことを、真に受ける訳じゃないんだけど。なんかね、恋をしてる女子
が好きな人を思い出してシャボン玉を吹くと、涙を流しちゃうんだって。理科の実験でいうところ
の、リトマス紙みたいなやつかなぁ。ほら、酸性とアルカリ性で、色が変わる現象に似てると思う」
「信じられんな。占いのままごと的なアイテムが、まさか本物だったとは」
 死神界においても、子供用の玩具はたくさん出回っている。その多くが本物によく似せた品で
あるが、数あるうちのひとつには、明らかな正規品も混じっており、真偽の見分けが付きにくい。
 どんな経緯で、シャボン液を霊に譲られたかは知らないが、扱いに困ったのが本音かもしれない。
「捨てるのもったいないから、使い切らなきゃ」
「今時、欲しがるのは子供くらいなものだろうな。…おふくろなら、喜んでくれるかもしれんが」
「そうだね。いいんだ、童心に返って遊ぶのも楽しいかなって。私一人じゃ、寂しかったから」
 うっすらと雫を滲ませ、桜は苦笑して振り向いた。りんねの困惑する様子が分かり、新鮮だっ
た。年少くらいの幼い男の子が、母親の袖を引っ張り、ぶくぶくと漂う泡を指差して騒いでいる。
 ブランコに腰掛ける桜の横で、りんねは所在なさげに俯いていたが、視線が一点に止まった。
「六道くん?」
 一回り大きな、器用で優しい手を被せて、りんねは桜の次の動作をはたと止めさせてしまう。
「……桜」
 ぽかん、と開いた隙間をそっと塞ぐようにして、唇同士で穴を埋め、りんねは桜に接近した。
赤い瞳に、綺麗な目鼻立ちの凛々しい顔。重ねた肌から、彼の血の通った熱い体温がゾクゾク
と感じられる。
 見晴らしのよい青空が、時間と共に色合いを異にして、橙へと変化してゆく景色は綺麗だ。
 なぜか、人前でキスをすることになんの恥じらいもなかった。誰にも、きっと見えていない
から。桜だけが、自分の隣にいる彼の存在を独り占めできる、二重の偶然に身を置いて──
 もっと、心地いい夢の中に漂っていたくて。ああ、自分は待っていたのかもしれない、と。
言葉で伝わる愛言葉もあるけれど、たまにはこちらが驚いてしまうような、大胆な行動で
示して欲しいと思うのは、わがままなのだろうか。まだ付き合ってもいない、名前で呼び合
ってもいない、恋人未満な関係──かつて、ただのクラスメートという認識もしていた──
 そんな心の動きには鈍い。でも、薄いベールのまま、眠っていた恋心を揺り起こした彼が、
今 目の前にいて、誘惑からかこともあろうに、ファーストキスを桜へプレゼントしたのだ。
「あ…いや…すまん、真宮 桜っ!」
 我に返った途端、ボッと頬を赤らめ、忽ちに火がつくところも、りんねのうぶな性質の証。
フルネームではなく、桜と呼んだことにも気づいていないのか、無意識とは恐ろしいものである。
 ぺろ、と舐めた自分の唇からは、爽快感のあるミントの匂いがほんのりとした。そして、数秒の
行為は──食後のデザートを彷彿させるほど、甘ったるい大人の味を桜に教えてくれたのだ。
「ううん。続き、やろっか?」
「……次はその…また今度で…」
 何を勘違いしたのか、接吻の催促をされたと思われたらしい。桜といえば、シャボン液の成分
が目に染みて、可笑しさで表情を震わせていたのが実情だ。ここぞと精一杯の勇気を出した彼は、
むしろ清々しかった。
「いつでも。六道くんの好きなときでいいよ」
 ふと目が合うと、なぜか優しい気持ちが溢れ、桜は微笑みを浮かべて、静かに瞼を閉じる。
変な気を遣わず、自然体でいられる間柄なのも、互いの居場所が根底に築かれている証拠。
 終いに話すことも見つからなくなって、沈黙を彩るように、透明な泡の群れが二人を包む。
 空へ真っ直ぐ飛んでゆくものもあれば、悪戯な横風にあっけなく消されてしまうものもある。
それは思うがままにいかぬ恋路にも似て、淡くて綺麗な瞬間を謳歌しているかにも見えた。

 見ているだけではつまらないと思い、りんねも交えて、二人はシャボン玉遊びを暫し楽しんで
いた。
 暮れて夜になったら、このときめきも露となって儚くなるかは、各々の心の在り方次第。
休みの日というのは、ある種 学校では経験し得ない出来事が往々に待ち受けているものだ。
 果たして平常心でいられるのか──二人を取り巻く外野からは妨害も多いが、どんな出来事
も前向きにとらえてゆけるなら、この一件でさえ、互いの糧となるに違いない。

 沈む夕陽を公園で眺める度に、初めて口づけを交わした甘い記憶を思い出すのだろう。
これからの日々を想像しながら、ゆっくり伸びる二つの影は再び重なることを予感させた。

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